グランドスラムをはじめとした大会を見ていると、たびたびコートに登場するスーパーバイザーたち。彼らは大会を取りしきるとともに、選手から試合の判定をめぐって抗議が起きた際にはその主張の正当性を見極めるといった役割も求められる。昨年引退した二人のベテランスーパーバイザーが、仕事の難しさや求められる素質などについて語った。ATP(男子プロテニス協会)公式ウェブサイトが紹介している。
長年にわたってスーパーバイザーを務めてきたトム・バーンズとトーマス・カールバーグの二人は昨年12月、その功績を称えられてATPに表彰された。元アメリカ海軍のバーンズはポーカーフェイスが特徴的だが、実は気前が良くて楽しい性格だとカールバーグは言う。スウェーデン人のカールバーグはその温厚で物腰の柔らかい雰囲気とは裏腹に「スーパーバイザーの中で一番強い。芯のある性格で論理的」だとバーンズは明かしている。友人として、同僚として、ともに数々の大会を仕切ってきた二人がスーパーバイザーという仕事について語った。
ATPツアーが創設された1990年にグアム大会で初めてスーパーバイザーを務めたバーンズはこう語っている。「我々には“良いテニスを提供する”という共通の目標がある。スーパーバイザーはすべてを管理し、現場で最終判断を下す権限を持つ。この仕事の最も難しいところは、すべてのバランスを保ちながら、重要な場面で判断を下すこと。大会、選手、観客にとって何がベストかを常に考えるようにしてきた」
また、キャリアを通して元世界ランキング4位のブラッド・ギルバート(アメリカ)をはじめとするクセの強い選手と親しくなることが多かったというバーンズは、「手のかからない選手よりも、手のかかる選手と仲良くなることが多いんだ。なぜかわからないけど、私が海軍出身だからかもしれない」と話している。
一方のカールバーグは、自国スウェーデンのボースタッドの大会ディレクターなどを経て1991年にATPのスーパーバイザーになった。ジミー・コナーズ(アメリカ)からピート・サンプラス(アメリカ)、カルロス・アルカラス(スペイン)に至るまで、数多くの選手を見てきたカールバーグは、スーパーバイザーという仕事について、「選手、コーチ、関係者、みんなで移動するサーカスのようなものだから、人間関係ができるのは必然だが、その線引きははっきりさせなければならない。もちろん、選手や彼らのチームと親しく話すことはあるが、一緒に食事をすることはない」と自身のスタンスを語った。
ATPのオフィシャル・アドミニストレーション部門のシニアディレクターを務めるアリ・ニリは二人についてこう話している。「現在ATPで働くすべてのスーパーバイザーと主審は、トムとトーマスの指導を受けている。彼らはオフィシャル界の象徴であり、トム・バーンズやトーマス・カールバーグのような人物は二度と現れないと思う。引退は本当に惜しまれるが、彼らが遺してくれたものは永遠に生き続けることだろう」
技術の発展により仕事内容に変化はあるものの、優れたスーパーバイザーに求められる資質はこの30年間で変わっていないとバーンズは言う。「健全な判断力が一番大事だ。私たちは常に決断を迫られ、中には選手を失格にするといった重大な決断もある。誤った選択は簡単に起こり得る。だからこそ、起きたことをしっかりと見て、雑音を排除し、その状況にふさわしい決断を下さなければならない」
これに対してカールバーグは「人との付き合い方を知ることも大切だ。何か問題が起こった時に冷静になること、人の話をよく聞くこと、選手や一緒に働く人たちに敬意を払うこと。そして、何よりルールを完璧に理解していること。何千人もの観客が見守る中、いきなりコートに呼び出されたら、ルールブックを確認する余裕などない」とつけ加えている。
一年の大半を海外で過ごす選手たちと同じように、スーパーバイザーたちも家族との時間を犠牲にして仕事に専念している。二人ともこれまで支えてきてくれた妻たちに感謝の言葉を述べており、カールバーグは「仕事を始めた頃はこんな生活を送るとは思ってもいなかった。妻はテニスに関わることがすごく好きだという私の気持ちを尊重してくれた」と話している。ロジャー・フェデラー(スイス)がツアーをともにする選手やチーム、大会関係者を「第二の家族」と呼んでいたように、二人にとっても家族よりも多くの時間を過ごす人たちとの関係はかけがえのないものだ。バーンズは「同僚やほかの関係者と旅をして、いろいろな国を見て、いろいろな人と出会って、そこからたくさんのことを学んだ」と振り返っている。
(WOWOWテニスワールド編集部)
※写真は2009年、前年度のATPニューカマー賞を錦織圭に渡したバーンズ
(Photo by Junko Kimura/Getty Images)