2016年の「ウィンブルドン」でロジャー・フェデラー(スイス)と対戦した元世界ランキング322位のマーカス・ウィリス(イギリス)が、一旦現役から引退したものの、32歳となった今、選手として復帰している。ATP(男子プロテニス協会)公式ウェブサイトなど複数のメディアが報じた。
ジュニア時代のランキングでトップ15入りを果たしていたウィリスは、トレーニングや食生活に対する意識が低かったことからプロとしては苦しい出だしを強いられた。ようやくモチベーションが上がってきた頃には度重なる怪我に見舞われ、25歳で2016年の「ウィンブルドン」を迎えた時には世界772位。すでにテニスの選手だけでなくコーチも掛け持ちしていたウィリスは、選手を辞めてアメリカでコーチ職に専念することを考えていたという。ところが、当時出会ったばかりだった奥さんのジェニーさんに説得され、イギリスに留まることを決断。直前で欠場者が出たために「ウィンブルドン」の予選のドローに入ることができた。そこでウィリスは当時世界99位の杉田祐一(日本/三菱電機)、そして今や男子テニスを代表する選手だが、当時は世界203位だったアンドレイ・ルブレフ(ロシア)、世界228位だったダニール・メドベージェフ(ロシア)を立て続けに破って本戦出場への切符を手に入れた。
「ウィンブルドン」でツアーレベル初の本戦出場を果たしたウィリスは、1回戦で当時世界54位のリカルダス・ベランキス(リトアニア)をストレートで退けると、2回戦で世界3位だったフェデラーと戦うことに。結果は0-6、3-6、4-6の完敗だったが、当時フェデラーは「テニス界で久しぶりにいいものを見せてもらった」とウィリスを称え、世間もサクセスストーリーとして大きく取り上げた。だが、その後ITF(国際テニス連盟)主催の大会やチャレンジャー大会中心の生活に戻ったウィリスは、この時の勢いを維持することができなかった上、「ウィンブルドン」での成功が裏目に出てネガティブな思考に陥るようになり、2018年の「ウィンブルドン」でダブルスの予選に出場したのを最後にツアーレベルから姿を消す。経済的にも苦しい状況に置かれたウィリスはテニスへの情熱を失い、2021年3月に引退を発表した。
テニスクラブのコーチになったウィリスは2021年の暮れに友人が主催したエキシビション大会に出場した際、一人の男性から「プレーしたいのであれば、ツアーへ復帰するためのスポンサーになってもいい」と声をかけられる。そのオファーに即決で応じたウィリスはすぐさまトレーニングを再開し、ダブルスのスペシャリストとして2022年夏からITFの大会に出場し始めた。その2ヶ月後にマドリードで開催された大会で復帰後初のタイトルを獲得、奇しくも同じ週にフェデラーが現役引退を発表している。
現在ダブルス世界316位につけているウィリスは、今年の7月までにトップ500入りを果たすという当初の目標を大幅に上回っている。復帰後、ITFレベルで6つのダブルスタイトルを獲得しているウィリスは、このまま順調にいけば今年の「ウィンブルドン」でワイルドカード(主催者推薦枠)に選ばれる可能性もある。「復帰当初はすごく楽しかった。今も楽しいことには変わりはないけど、真剣さも加わったね。目標もあるし、思っていたよりいい結果が残せているから、より貪欲な気持ちで試合に臨むようになった」とウィリスは今の心境を語っている。
先月の「ATP250 デルレイビーチ」では、本業はヘッジファンドのエリート社員である当時世界784位のマティヤ・ペコティッチ(クロアチア)が棄権者の代わりに予選に出場すると、そのまま本戦まで勝ち進み、1回戦で元世界8位のジャック・ソック(アメリカ)からツアー本戦初勝利を挙げたことが話題となった。似たような道を辿ってきたウィリスは、ペコティッチの劇的な勝利についてこうコメントしている。
「とにかく嬉しかったよ。こういうことが起きるのはいいね。大半の選手は世界200位くらいまで行って、そこで終わってしまう。確かに彼は予選に入れてラッキーだったけど、誤解されている部分もあると思うんだ。“ウィンブルドン”に出場した時の僕は周りから、ある日突然出ることにしたそこら辺のコーチという印象を持たれていた。ペコティッチの場合も、普段はオフィスで働いている奴がひょっこり現れてジャック・ソックを破った、みたいな風に報じられていて、それはソックに失礼なだけでなく、努力してきたペコティッチに対しても失礼だ」
一方、2014年と2015年にウィリスと対戦しているペコティッチは「ATP250 デルレイビーチ」でソックに勝った時、2016年の「ウィンブルドン」でのウィリスを思い出していたという。この時、ウィリスがすでに現役に復帰していると知らなかったペコティッチは、「ここでの僕の快挙が彼にもう一度挑戦してみようという気にさせるかもしれない」と話していた。
(WOWOWテニスワールド編集部)
※写真は2016年「ウィンブルドン」でのウィリス
(Photo by Julian Finney/Getty Images)