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審判不在のままプレー続行!レンドルが前代未聞の試合を戦った日

1986年「フォートマイヤーズ大会」でのレンドル

今から38年前、当時世界ランキング3位のイワン・レンドル(チェコ)と同141位のラリー・ステファンキ(アメリカ)が対戦した試合で、ある判定をきっかけに主審、ひいては線審もいなくなり、審判団が不在のまま試合が再開されるという前代未聞の事態が起きた。仏テニスメディア Tennis Majorsが紹介している。

8個のグランドスラムタイトルを誇るレンドルは、ビヨン・ボルグ(スウェーデン)、ジョン・マッケンロー(アメリカ)、ジミー・コナーズ(アメリカ)らとともに1980年代の男子テニス界を席巻した。1985年、1986年、1987年、1989年を世界1位でシーズンを終えているレンドルは、1985年2月5日にデルレイビーチで行われた大会(のちの「ATP/WTA1000 マイアミ」)の1回戦でステファンキと対戦している。終盤までレンドルが完全に主導権を握っていたこの試合がテニス史に残るとは、当時観戦していた人たちは誰も思わなかっただろう。

第1セットを6-2で取ったレンドルは第2セット、ゲームカウント3-0で迎えた第4ゲームでも40-15とリードしていた。ゲームポイントを握ったレンドルがサーブを打つと、主審のルイジ・ブランビッラはインとコールしてサービスエースに。このサーブは明らかにアウトだったと判断したステファンキが主審に異を唱えたものの、主審は彼を無視し、ゲームカウント4-0とアナウンスした。納得できないステファンキが次のゲームでサーブを打つ前に引き続き主審の返答を待っていると、主審はプレーを遅らせたとしてステファンキにペナルティを科し、レンドルにポイントを与えた。そこで今度はレンドルが主審に抗議する。「まったくバカげた話だった。ステファンキはツアーで最も親切な選手の一人だ。彼は質問をしただけで、それは答えられるべきだった。だから、主審にこのゲームは(ペナルティによるポイントを無視して)ラブオールから始めると言ったんだ」とのちにレンドルは話している。

この異様な状況に戸惑ったブランビッラは、スーパーバイザーと話すためにコートを離れる。すると、その隙にレンドルとステファンキが試合を再開。試合再開を提案したのはレンドルだそうで、のちにブランビッラが戻ってきて5ゲーム目を一から始めるよう指示したが、その時点でデュースを迎えていた二人はそれを拒否。激怒したブランビッラは線審たちを引き連れて再びコートを離れ、戻ってこなかった。しかし、選手たちは慌てることなく、審判が誰もいない中で試合を続けた。

「レンドルと私は自分たちで(インかアウトかを)コールし、記者席にいた誰かがスコアを伝え続けてくれた」と、ステファンキはその後の状況を説明している。結局レンドルが6-2、6-0と快勝したため、この奇妙な状況は長くは続かなかった。試合終了後、ネット際でステファンキと握手を交わしたレンドルは、空席のアンパイアチェアに向かって握手をする振りをしたという。ユーモアをあまり見せない彼が珍しくジョークを披露した瞬間だった。

試合後に選手両名に対する処分はなかったのに対し、ブランビッラはこの大会の残りの試合では主審でなく線審を務めることになった。当時の責任者は「これはオフィシャルの問題で、主審は選手の質問に答えるべきだった」と述べている。

この大会でのレンドルは4回戦でステファン・エドバーク(スウェーデン)に先を阻まれたが、この年は「全米オープン」を含む11個のタイトルを手にしている。一方のステファンキは続くラ・キンタ大会で優勝し、自己最高の世界35位に登り詰めた。引退後、コーチに転向したステファンキはマルセロ・リオス(チリ)、エフゲニー・カフェルニコフ(ロシア)、アンディ・ロディック(アメリカ)といった元世界王者を指導し、コーチとして成功を収めている。

(WOWOWテニスワールド編集部)

※写真は1986年「フォートマイヤーズ大会」でのレンドル
(Photo by Robert Riger/Getty Images)

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