車いすテニスの伝説的選手ディラン・オルコット(オーストラリア)は、初めての「全豪オープン」でのロジャー・フェデラー(スイス)とのおかしな初対面を振り返った。ハッピースラムというポッドキャスト番組に出演したオルコットは、「全豪オープン」会場であるメルボルン・パークでは健常者の選手と障がいのある選手が同じ更衣室を使うことで、フェデラーとのおかしな初対面の場面が生まれたと説明。豪ニュースサイトnine.com.auが報じている。
「僕たちは健常者の選手たちと同時にプレーする。僕はロジャー・フェデラーが大好きだから、何を差し置いても彼に会いたかったのを覚えているよ。なんと言っても彼は王様だ」とオルコットは2014年の「全豪オープン」を振り返った。
「すごく幸運なことに初めて彼に会えたのは、更衣室でのことだった。僕のロッカーは彼の隣で、更衣室だから彼も服を脱いだ状態だった。彼が“やあ、僕はロジャーだよ”と言って、僕は“やあ、僕はディランだ”と答えたんだけど、僕はただアイコンタクト、アイコンタクト、アイコンタクトって考えていた。なぜって、車いすに座っていたら、自分はどこにいる?何が言いたいかわかるかな。目線の高さはどこだい?」
車いすテニスと車いすバスケットボールという複数のスポーツで最高峰の成功をおさめたオルコットは、2012年の「ロンドンパラリンピック」でオーストラリアの男子車いすバスケットボールチームの一員として銀メダルを獲得した後、クァードの選手として車いすテニスに復帰した。
「海外に行った後、昔のテニスコーチと打ち合いをしたんだけど、彼がこう言った。“いいかディラン、君が昔テニスをしていた頃、車いすに座った君は結構動きが遅かった”ってね。でも、バスケットボールをしたことで僕はかなり速くなった。コートタイムを得るためには速くないといけないからね。そして彼は言った。“バスケットボールは君のためになったね。車いすテニスをちゃんとやってみないか?”と」
「僕が“やだね。僕は引退した。僕は22歳だよ”と言ったら、彼はこう言った。“そうだな、よし、6ヶ月くれ。オーストラリア人選手が一人“全豪オープン”の出場権を得られる決定戦に出場して、どんなものか見てみよう”って。それで僕は決定戦に出て、優勝した。初めての“全豪オープン”ではあまりうまくプレーできなかったけど、楽しかったよ」とオルコットは言う。
その後7年連続で自分が「全豪オープン」のタイトルを獲得することになるとは知るよしもなく、オルコットは初出場の同大会では準決勝で姿を消した。彼の基準に照らせば残念な結果ではあったものの、メルボルンでの四大大会に初めて出場した経験によって、健常者の選手と障がいのある選手がスポーツ界で同じ舞台を共有できるということに目を開かされたと、オルコットは語った。
「僕自身、今こうやって、グランドスラムのタイトルを15個獲得した上、金メダルも2つ手にして、4年間にわたって世界ランキング1位だったって話をする日が来ると思っただろうか?全く思わなかった。そんなつもりは決してなかった。でも僕が気付いたのは、ノーマライゼーションや、車いすテニスを健常者の領域に取り込む動きには、並ぶものがないということだ。ある時点では、僕は世界最高峰のバスケットボール選手だった。でも僕はレブロン・ジェームズに会ったことはないし、彼と出かけたことも彼とプレーしたこともない」
「でもテニスでは、ロジャーやラファエル・ナダル(スペイン)、アシュリー・バーティ(オーストラリア)たちと同じ更衣室を使っている。彼らは“やあ、ディル”って感じだ。僕らは友達で、一緒に練習して、一緒にプレーする。そして、(他のスポーツでは)いつもそんなふうではない」
「僕にはそれが、ここでは何か特別なことができる、そんな機会に見えた。だから、パラリンピック競技を主流化するためにどのくらいのことができるのか、真剣にやってみようと思っているよ」
(WOWOWテニスワールド編集部)
※写真は2020年「全豪オープン」でのオルコット
(Photo by Morgan Hancock/Getty Images)