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「全仏オープン」と「ウィンブルドン」を連覇した7人の女子選手とは?

セレナ・ウイリアムズ

グランドスラムのタイトルを獲得することは、テニス選手のキャリアにおける最大の目標の一つでありつづけている。しかし、「チャンネル・スラム」、つまり「全仏オープン」と「ウィンブルドン」で連続優勝することは、今も昔もテニスにおける最大の難題の1つである。

「全仏オープン」の終了後、選手たちがクレーコートからグラスコートに移行するための期間は3週間しかない(2014年までは2週間であった)。パリの球足の遅いコートでスライドしていた選手たちが、滑らかな芝の上で足を動かせるようにならなければいけないのだ。多くの選手たちは、これほど短い期間での移行のために、プレーをまとめることに失敗する。それゆえに「全仏オープン」で良い結果を残した選手たちが、「ウィンブルドン」で早期敗退に終わることもある。

したがって、こうした不利を覆してこの二つの大会で連続優勝に成功することは、その選手を突出した存在にせしめる偉業なのだ。オープン化以降では、今のところ7人の女子選手しかこれを実現していない。スポーツウェブメディアSportskeedaが、この7人を紹介している。

1.マーガレット・コート(オーストラリア) 1970年
マーガレット・コートのテニス選手としてのキャリアは、オープン化を挟んでアマチュア時代とオープン化後の時代の2つに分けられるが、コートの成績は両方の期間で同じように感嘆すべきものだ。コートはアマチュア時代に13度、オープン化後に11度グランドスラムで優勝している。

コートにとって1970年は歴史的な年であった。4つの四大大会全てで優勝、年間グランドスラムを成し遂げたのだ。この年コートは、「全仏オープン」でヘルガ・ニーセン(ドイツ)を破ってタイトル防衛を果たした。これに続けて「ウィンブルドン」でビリー・ジーン・キング(アメリカ)を下して優勝し、「チャンネル・スラム」を達成。これにより、コートはオープン化以降に「チャンネル・スラム」を成し遂げた初めての女子選手となった。

2.イボンヌ・グーラゴング(オーストラリア) 1971年
コートと同じオーストラリア人選手であるイボンヌ・グーラゴングは、1年後の1971年に同じ偉業を達成。グーラゴングはこの年の「全仏オープン」決勝で同胞のヘレン・グーレイ(オーストラリア)を破り、自身初のグランドスラムタイトルを手にした。

グーラゴングはその後、「ウィンブルドン」の決勝で前年覇者のコートをストレートで打ち負かし、自身2つ目のグランドスラムタイトルを獲得。こうしてグーラゴングは、クレーと芝の2つの四大大会で連続優勝を果たした2人目の女子選手となった。

3.ビリー・ジーン・キング(アメリカ) 1972年
ビリー・ジーン・キングが1972年に「全仏オープン」と「ウィンブルドン」で優勝を果たしたことで、3年連続で「チャンネル・スラム」を達成する選手が現れることとなった。キングは、前の年に同じ偉業を成し遂げたグーラゴングを破ってこれを達成。両大会の決勝で、キングはグーラゴングを6-3、6-3という同じスコアで撃破した。キングはまた、同じ年の女子ダブルスでもこの偉業を達成している。

4.クリス・エバート(アメリカ) 1974年
1973年の「全仏オープン」と「ウィンブルドン」で準優勝したクリス・エバートは、翌年に両方の大会で優勝し、この2つのグランドスラムを連覇した4人目の女子選手となった。両方の決勝で、エバートはオルガ・モロゾワ(ソビエト連邦)を下した。

その後、エバートはさらに3度にわたり、「チャンネル・スラム」を達成する可能性を手にした。1979年、1980年、そして1985年に、エバートは「全仏オープン」で優勝した後に「ウィンブルドン」でも決勝に進出したが、それぞれマルチナ・ナブラチロワ(アメリカ)、グーラゴング、そして再びナブラチロワに敗れた。

5.マルチナ・ナブラチロワ(アメリカ) 1982年、1984年
1982年に、マルチナ・ナブラチロワは「全仏オープン」で2度目の決勝進出を果たし、アンドレア・イエガー(アメリカ)を破って初めて同大会のタイトルを獲得した。ナブラチロワはその後「ウィンブルドン」の決勝でエバートに勝利して、「チャンネル・スラム」を達成した5人目の選手となった。その後、1984年にも両大会の決勝で再びエバートを下し、もう一度この偉業を達成。

ナブラチロワはまた、女子ダブルスと混合ダブルスでも、「全仏オープン」と「ウィンブルドン」でのダブル優勝を果たした。女子ダブルスでは1982年、1984年、そして1986年の3度にわたってこれに成功し、混合ダブルスでは1985年に同じ偉業を成し遂げている。

6.シュテフィ・グラフ(ドイツ) 1988年、1993年、1995年、1996年
1987年に、シュテフィ・グラフは「全仏オープン」で初のグランドスラムタイトルを獲得し、翌月に行われた「ウィンブルドン」でも決勝に進出した。翌1988年、グラフは4つのグランドスラムタイトルを総なめにしてオリンピックの金メダルも獲得するという素晴らしい偉業、「ゴールデンスラム」を達成。グラフ以降に同じ偉業を成し遂げた選手は、車いすテニス選手のディラン・オルコット(オーストラリア)とディーダ・デ グロート(オランダ)だけである。

この歴史的な快挙は、グラフも「全仏オープン」と「ウィンブルドン」を連覇したという事実を完全に覆い隠してしまった。しかし、これは彼女にとっては例外というよりむしろ普通であったことが後に明らかになった。グラフはその後のキャリアで、1993年、1995年、1996年のさらに3度にわたり、クレーと芝の四大大会でのダブル優勝を達成したのだ。

7.セレナ・ウイリアムズ(アメリカ) 2002年、2015年
セレナ・ウイリアムズは1999年の「全米オープン」で、17歳にして自身初のグランドスラムタイトルを獲得。続く2年の間、セレナの四大大会での成績は良好であったが、それは彼女の潜在能力を存分に反映したものではなかった。2002年に、セレナは「全仏オープン」で2つ目のグランドスラムタイトルを手にし、翌月の「ウィンブルドン」でも優勝を果たす。セレナはその後の2つの四大大会でも優勝し、「セレナ・スラム」(同じ1年の間ではないが4つのグランドスラムに連続で優勝したことを、セレナがそう呼んだ)を達成した。この4度の決勝では、いずれも姉のビーナス・ウイリアムズ(アメリカ)を破っている。

セレナは2015年にも「全仏オープン」と「ウィンブルドン」の連覇を果たした。「全仏オープン」決勝ではルーシー・サファロバ(チェコ)、「ウィンブルドン」決勝ではガルビネ・ムグルッサ(スぺイン)を下しての優勝であった。同年の「全豪オープン」でも決勝でマリア・シャラポワ(ロシア)を破って優勝しており、年間グランドスラムの達成が懸かっていたが、「全米オープン」では準決勝でロベルタ・ビンチ(イタリア)に敗れた。これはテニスの歴史上最大の番狂わせの一つとなっている。「チャンネル・スラム」を達成した最後の選手は、現在もセレナのままである。

現世界女王のイガ・シフィオンテク(ポーランド)が、間もなくこの精鋭たちの仲間入りをする可能性がある。シフィオンテクは35試合連続勝利を続けており、その過程で先月の「全仏オープン」で優勝している。現在40歳のセレナが持つ34試合連続勝利の記録を上回ったシフィオンテクは、現時点で他の選手たちより一段優れている。シフィオンテクは専制的と言える調子であり、「ウィンブルドン」でも最後まで勝ち抜くと見られている圧倒的な優勝候補だ。

(WOWOWテニスワールド編集部)

※写真はセレナ・ウイリアムズ
(Photo by Dylan Buell/Getty Images)

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WOWOWテニスワールド編集部

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