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仲間の支えで覚醒したキリオス。第1シ-ドのメドベージェフを倒す

2022年全米オープンテニス第7日のキリオス

めったに見られない「ボーンヘッド」=間抜けなプレーだった。第3セットの第2ゲーム、ニック・キリオス(オーストラリア)は相手のショットを追ってネット(仮想延長線)を越え、相手コートのサイドラインの外側でボールを打った。ダニール・メドベージェフ(ロシア)のボレーは明らかなミスヒットで、コートに入りそうもなかったが、バウンドするまではインプレーだ。キリオスのショットは、ボールがネットを越える前に打った無効返球とされ、失点となった。

見送ればアウト、キリオスはブレークポイントを迎えるはずだった。しかしメドベージェフの得点となり、結局、サービスキープを許した。

2022年全米オープンテニスでのメドベージェフ

キリオスは有効返球だと思い込んでいたようだ。試合後のオンコートインタビューで「あのボーンヘッドは今でも信じられない。正直、あれは有効だと思ってたんだ。バカみたいに見えると思うけど」と苦笑した。

ところが、そのボーンヘッドが分岐点となるのだから面白い。相手の次のサービスゲームでブレークに成功したキリオスが、リードを守って第3セットを奪った。

分岐点とは少し大げさだが、珍プレーで自分を見失うどころか、逆に集中力が増したように見えた。キリオスはそのプレーのあと、試合後のインタビューのためにコート横で待機していたパトリック・マッケンロー氏や自分の陣営と言葉を交わした。「実際、有効だと思ってたんだよ」。チャンスをふいにした失態を悔やむでもなく、苦い笑顔を見せただけだった。自分を納得させて集中力を取り戻すために言葉を交わしたのか、もともと精神的にいい状態だったから軽口を叩く余裕があったのか、そこは分からない。ただ、このあたりから硬さがほぐれ、伸びのあるショットや奔放なプレーが増えたのは確かだ。

以前のキリオスなら、こんなプレーをきっかけに坂道を転がり落ちていった可能性もある。だが、今のキリオスは失敗を笑ってやりすごせるくらい、前向きに試合に取り組んでいる。

先のウィンブルドンでの言葉が思い出された。「バトルに身を置きながら、遠くから自分に笑いかけているような状態だった。競争心を楽しんでいる感じだった」。このときは集中力が高まり、ゾーン状態にあったのだろう。メドベージェフ戦でも精神状態の良さを感じさせた。ボーンヘッドが入り口を開いたのか、第3セット以降、ゾーンに入った。戦いに没頭しながら、冷静さを失わない。ウィナーもミスも、あんな珍プレーでさえ、客観視できる。主導権を握ったキリオスは続く第4セットも取って、第1シードを倒した。

キリオスは今年のウィンブルドンで覚醒した。6月の芝コートシーズンのスタートからここまでで、ツアー最多の26勝(全米での4試合を含む)を挙げている。才能を持てあましていた男、かつての「負け犬」が、成熟したアスリートになった証しだ。

ウィンブルドンでのキリオス

そのウィンブルドンで、キリオスは自身の「暗黒時代」について率直に語った。「テニスをやめる寸前だった」「ナダルとプレーするために、代理人は朝の4時に僕をパブから無理やり連れ出さなくてはならなかった」。自傷行為や自殺願望も含め、裸の自分をあからさまに語ったのは「仮面」を外したかったからだという。彼を闇から救い出したのは仲間たちだった。

「精神的に参っていた頃、僕はとてもわがままだった。気分が悪い、プレーしたくない、と思っていた。そのとき、身近な人たちを見て、彼らをどれだけ失望させてきたのか理解し、そういうのは、これっきりにしたいと思った。それで自分のキャリアを振り返り、この競技に捧げられるものがたくさん残っていると感じたんだ。僕はひたすらトレーニングに励んだ」

もちろん今も、精神的な支えとなっているのは陣営の面々だ。

「自分のためにというより、多くの人のためにプレーしている。多くの人がいて、多くのサポートがある。僕は4カ月間、家を離れている。チームのみんなも同じだ。ほかの選手もそうだが、家族に会えない時間が大半を占める。僕はこれを価値あるものにしたいし、みんなにとって思い出深いものにしたい。残念な思いをさせたくないんだ」

昨年の全豪で優勝した大坂なおみが「私はただ、チームのみんなの頑張りの受け皿として、いいプレーがしたい」と話していたのを思い出す。キリオスもこのモチベーションがなかったら、もつれた第1セット終盤で、あるいは簡単に失った第2セットで白旗を掲げていたかもしれない。

「今、僕はみんなに誇ってもらえる存在になったと思う。否定的なことを言われることも少なくなった。僕は物語を逆転させたかった。ずっと落ち込んで、自分を哀れんでいた。それを変えたかったんだ」

ディフェンディングチャンピオン、そして今大会の優勝候補筆頭の難敵を破ったキリオスが胸を張った。

(秋山英宏)

※アイキャッチ写真:2022年全米オープンテニス第7日のキリオス(Photo by Sarah Stier/Getty Images)
※記事中写真1枚目:2022年全米オープンテニスでのメドベージェフ(Photo by Sarah Stier/Getty Images)
※記事中写真1枚目:ウィンブルドンでのキリオス(Photo by Shaun Botterill/Getty Images)

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秋山英宏

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1961年生まれ。大学卒業後、フリーランスライターとしてスポーツ、レジャー分野を中心に雑誌、新聞で執筆活動を行なう。1987年からテニスの取材を開始し、グランドスラムをはじめ、国内外の主要トーナメントを取材。テニス専門誌に多くの観戦レポート、インタビュー記事などを執筆している。現在、日本テニス協会広報委員会副委員長を務め、同協会の出版物やメールマガジンなどにも寄稿している。

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