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カナダとシンシナティの2大会を同じ年に制した6人の選手とは?

写真は2013年「ATP1000シンシナティ」でのナダル

7月上旬から始まる「全米オープン・シリーズ」のうち最も大きな大会は、「ATP1000トロント/モントリオール」(男女入れ替わりで、トロントとモントリオールで交互に開催される)と、「ATP1000 シンシナティ」の2つだ。これらはどちらもグランドスラムに次ぐ規模のマスターズ1000レベルの大会、つまり優勝すれば1000ポイントが得られる。

現在のATP(男子プロテニス協会)の大会スケジュールを見ると、このように2つのマスターズ大会が連続する週に行われることは年に3回ある。まず最初は“サンシャイン・ダブル”と呼ばれる「ATP1000 インディアンウェルズ」と「ATP1000 マイアミ」だ。2つ目はクレーコートで行われる「ATP1000 ローマ」と「ATP1000 マドリード」。そして3つ目が「全米オープン」への前哨戦となる2大会、「ATP1000 トロント/モントリオール」と「ATP1000 シンシナティ」だ。

「ATP1000 トロント/モントリオール」と「ATP1000 シンシナティ」は1979年まではクレーコートの大会だった。この2つの大会が初めて2週連続で行われたのは1997年だ。今回は、オープン化以降、同じ年にこの2つの大会を制した6人の男子選手を紹介する。スポーツウェブメディアSportskeedaが伝えている。

1. クリフ・リッチー(アメリカ) 1969年

テニスの大会がオープン化されたのが1968年。その翌年の1969年、「ATP1000 トロント」と「ATP1000 シンシナティ」は2週間空けて開催された。オープン化前に7大会で優勝していたクリフ・リッチー(アメリカ)は、すでにトップクラスの選手として名を馳せていた。そしてリッチーはオープン化と共にさらに才能を開花させることになった。

1969年の「ATP1000 シンシナティ」は7月に開催された。第3シードとして出場したリッチーは決勝で3ゲームしか落とさずに、ノーシードながら準々決勝で第1シードのアーサー・アッシュ(アメリカ)を破っていたアラン・ストーン(オーストラリア)に勝利。その2週間後に「ATP1000 トロント」に出場したリッチーは、将来「ATP1000 マイアミ」を創設するブッチ・バックホルツ(アメリカ)を4セットで破り、オープン化後2つ目の優勝トロフィーを手にした。こうしてリッチーは、史上初めて同じ年にこの2大会で優勝を飾った選手となった。

2. エディ・ディブズ(アメリカ) 1978年

フットワークに定評のあったエディ・ディブズ(アメリカ)は、1978年にATPツアーで最も賞金を得た選手となった。「ベーグル」というテニス用語(6-0でセットを取ること)を作ったと言われるディブズは、「ATP1000 トロント」と「ATP1000 シンシナティ」がクレーコートで開催された最後の年に両大会で優勝を飾った。

この年、トップシードとして「ATP1000 シンシナティ」に出場したディブズは、決勝でラウル・ラミレス(メキシコ)を5-7、6-3、6-2で下した。その後「ATP1000 トロント」では決勝でホセ ルイス・クラーク(アルゼンチン)を退け、この年4つ目の優勝トロフィーを手にしたが、この時も第1セットを相手に奪われてからの逆転勝利だった。ディブズはグランドスラムで優勝することはなかったが、現役時代には22大会で優勝を飾り、世界ランキングでは自己最高5位に到達した。

3. アンドレ・アガシ(アメリカ) 1995年

1995年までの間に、ATPツアーは年間スケジュールに幾つかの変更を加えた。「ATP1000 トロント/モントリオール」が「ATP1000 シンシナティ」の前に開催されるようになり、2週間の間隔は1週間に短縮された。1990年代はアンドレ・アガシ(アメリカ)とピート・サンプラス(アメリカ)の2強に加え、マイケル・チャン(アメリカ)やトーマス・ムスター(オーストリア)なども活躍していた。

1995年、世界王者だったアガシは、「ATP1000 モントリオール」「ATP1000 シンシナティ」の両大会に第1シードとして出場。前年にカナダ大会で優勝していたアガシは、決勝でサンプラスを3-6、6-2、6-3で下し、2年連続優勝を飾った。「ATP1000 シンシナティ」の決勝では、前年優勝者のチャンと対戦。ストレートでチャンを下し、アガシはこの年3度目、キャリア7度目のマスターズ1000大会優勝を遂げた。アガシは引退までに17のマスターズ大会で優勝を飾っている。

4. パトリック・ラフター(オーストラリア) 1998年

パトリック・ラフター(オーストラリア)が初めて世界ランキング1位に上り詰めたのは1999年のことだった。しかし、彼の世界1位獲得へ大きく貢献したのは1997年と1998年の素晴らしい奮闘ぶりだった。 

1998年の「ATP1000 トロント」では、サンプラスは準々決勝で、アガシは準決勝で姿を消した。もう半分のドローにいたラフターは、マーク・フィリポーシス(オーストラリア)、ヨナス・ビヨルクマン(スウェーデン)、そしてティム・ヘンマン(イギリス)相手に勝ち星を挙げ、リチャード・クライチェク(オランダ)との決勝に進出した。第3シードとして出場していたラフターは、ストレートでクライチェクを退け、自身初のマスターズ大会優勝を飾った。

「ATP1000 シンシナティ」では、第5シードとして出場したラフター。順調に勝ち進み、トップシードのサンプラスと決勝で顔を合わせた。第1セットは苦しい展開になったものの、続く第2セットで盛り返し、1–6、7–6(2)、6–4で2度目のマスターズ大会優勝を手にした。ラフターは、アメリカ人以外で初めて「ATP1000 トロント/モントリオール」と「ATP1000 シンシナティ」の両大会を制した選手となった。

5. アンディ・ロディック(アメリカ) 2003年

2003年、アンディ・ロディック(アメリカ)は「全豪オープン」で準決勝に進出し、さらに「全米オープン・シリーズ」開始前に3つのツアー大会で優勝を飾った。大きな飛躍の年となったこの年、ロディックは「全米オープン・シリーズ」でも旋風を巻き起こした。

「ATP1000 モントリオール」に第6シードとして出場したロディックは、準決勝でロジャー・フェデラー(スイス)と対戦。最終セットのタイブレークにもつれ込む接戦を制し、ダビド・ナルバンディアン(アルゼンチン)の待つ決勝に進出。決勝では4ゲームしか落とさずにナルバンディアンを圧倒し、自身初のマスターズタイトルを手にした。

第7シードとして出場した「ATP1000 シンシナティ」では、1セットも落とさずに決勝まで勝ち進むと、マーディ・フィッシュ(アメリカ)とのアメリカ人対決を4-6、7-6(3)、7-6(4)で制し、北米のマスターズ大会でダブル優勝を果たした。

6. ラファエル・ナダル(スペイン) 2013年

ラファエル・ナダル(スペイン)の2013年シーズンは、彼のキャリアで最高のシーズンの一つだろう。14大会で決勝に進出し、うち10大会で優勝。グランドスラムでは「全仏オープン」と「全米オープン」の2大会を制した。この年、5つのマスターズ大会で優勝したナダル。そのうちの2つが「ATP1000 モントリオール」と「ATP1000 シンシナティ」だった。いずれの大会でも、決勝までの道のりで前年優勝者を破っている。

「ATP1000 モントリオール」では準決勝で前年覇者ノバク・ジョコビッチ(セルビア)を、決勝でミロシュ・ラオニッチ(カナダ)を退け、自身3度目のカナダ大会優勝を飾った。第4シードとして出場した「ATP1000 シンシナティ」では、準々決勝で前年に優勝していたフェデラーを下し、決勝に進出。ジョン・イズナー(アメリカ)にストレート勝ちし、26度目のマスターズ大会優勝を達成。こうして、ナダルはヨーロッパ出身の選手として初めて、カナダとシンシナティの2大会を連覇した。

(WOWOWテニスワールド編集部)

写真は2013年「ATP1000シンシナティ」でのナダル
(Photo by Ronald Martinez/Getty Images)

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