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伊達公子のキニナルコト「 日本の女子テニスレジェンド3人が対談」【前編】

伊達公子、神尾米、森上亜希子対談の様子

現在は後進の育成に情熱を燃やすテニスの元世界ランキング4位の伊達公子が、様々な事柄についてゲストと語り合う「伊達公子のキニナルコト」。今年はテーマを「ジュニア育成」に絞って話してきた。今回は日本女子テニス界の3人のレジェンド、伊達、元世界24位の神尾米、元世界41位の森上亜希子がジュニア育成について熱く語り合った。

伊達:気になること今年4回目のゲストは、神尾米さんと森上亜希子さんです。お二人とは、私たちが設立した新しい団体「JWT50」について話していきたいと思います。

最初のテーマは、二人がトップ50になるまでの道のりを聞いていきたいと思います。まずはよねちゃん(神尾)からお願いします。実際、私とよねちゃんは高校でもずっと一緒だったから、高校時代の学校対決などでよく時間を共にすることがあり、その後(神尾が)一年遅れてプロの世界に入って、ツアーの中でも一緒になることが多かったんですが、道のりというのはどのように自分の中で感じますか?

神尾:プロになって、世界ランキング50位以内に入ろうと思ってやったわけではなく、ジュニアの頃からとにかく怖い先生に教えてもらって、その怖い先生にどうやったら怒られないで過ごしていけるのか、どうやったら先生についていけるのかっていうことしか考えてないジュニア時代でした。もう勝ちたくて勝ちたくてってなったのは、プロになってからで、ジュニアの時はとにかく怒られない、その先生についていくことだけ考えてやっていました。

でも「JWT50」にいらっしゃる皆さんは本当に、ジュニアの頃からすごく強い方たちがたくさんいらっしゃると思うんですけど、私は本当にジュニア時代強くなかったです。

伊達:でもプロになって、どこでこのトップ50というのを意識し始めたというか、見えてきたのでしょうか?

神尾:全然見えてないです。見えていたのはもう本当に、このお話だからというわけでもなく、目の前に伊達さんがいらっしゃったので、伊達さんの背中を見てただけです。背丈も(二人が)変わらないので。

伊達:100歩譲って(私の背中を)見てたとしたとしても、どこかでトップ50が見えてきたなっていうところが出てくるはずだと思う。

神尾:追いかけていたら、気がついたら100位以内に入って、それもストーンと入ったわけではないです。もう周りの方たちの方が先にグランドスラムに出ていましたし、その方たちの背中を本当に追いかけて追いかけて。

伊達:100位に入るまでに何年?18歳で高校を卒業して、プロで100位に入るまでは?

神尾:3年ぐらいかかってると思います。2年間25,000ドル(下部大会)を回っていた記憶があるので 。

伊達:トップ50は?

神尾:全然わかんない、全然覚えてないです。そこを追いかけていたわけでなく、本当に目の前に伊達さんがいらっしゃったので。グランドスラムに出て最初にドローを見るのは伊達さんですもん。自分よりも伊達さんが今回どこまで行くかって、見るんですよ。本当に正直な話、先生と一緒に、伊達さん今回(ベスト)8?(ベスト)4?っていうのを先に見て、私どこにいるかなって見るんですよ。それぐらい楽しみだったんです、だって勝つから。

伊達:じゃあ、私なんか小浦さんに1年以内に100位に入ろう、入れっていうことをすごい言われてスタートしたんだけど、りらこ先生はよねちゃんに対してどういう最終的な目標というか、どこまで二人で目指そうとかっていう話はあったの?

神尾:全然ないですね、とにかく高校卒業して本当にジュニアの時に強くなかったので。プロになって、スポンサーさんに5年間待って下さいねっていう約束をしたのも先生です。この子は何をやっても遅いから、みんなみたいにすぐグランドスラムに入れるわけではないよ、この子は5年間かかるよって言って交渉して下さって、5年間面倒を見て下さいねって。なので自分の中ではとにかく5年間必死にやろう、その後どこに自分が位置してるのかっていうのを楽しみにしよう、って先生と進んでいた形です。

伊達:でも実際それで50位というのを達成するわけじゃない。50位内が目前になってきたりとか、そこが最終ゴールではなかったんだと思うけれど、一つこの大きなハードルというものを、100位から50位というのをクリアした時というのは、自分の中で心の変化とか先生の中にも何か(変化は)あったの?

神尾:ランキングというよりも、グランドスラムにまず出てみたい、「ウィンブルドン」の芝生を踏んでみたい、そして本戦の芝生を踏んだら、やっぱりここで勝ってみたい。それはどんどん変わっていきます。ランキングというよりも、グランドスラムで勝ちたい、1勝したい、2勝したいっていう気持ちはもうどんどん大きくなっていきました。ツアーでタイトルを取ったというわけではなかったので、とにかくツアーに出たら1回戦負けをしないことっていうのが自分の中で目標で。私の一番の目標はとにかく1回戦負けをしない。

そういうふうにしていたので、もちろん欲がないというわけではないけれども、ランキングばかりを見ているわけではなく、みんなが本当に同じ年代の方達もすごい強かったですし、彼女たちが1個でも勝つと私もできる、次はもっとできるっていうふうに思っていたので、みんなから勇気をもらっていたのかなとは思います。

伊達:じゃあ森上は、私たちとはまた全然違うスタイルでプロの世界に入って行く。プロに入る前からもうアメリカに留学もして、アメリカ人のコーチが付いてっていう中でのプロ生活をへて、トップ50への道のりがあったと思うんだけど、どういう感覚で歩んできたの?

森上:まず15歳で、高校生からアメリカに行くという決断をする時に、当時は今ほどアメリカに行くっていうことがなかったので、私の中でもどういう風になっていくのかっていうのは、なかなか想像ができてなかったんです。けれどもその当時見てもらっていたコーチにそのままアメリカで教わりたいという気持ちがあったので、そもそも阪神淡路大震災というのがきっかけで、アメリカに行くっていうことをしたんです。

でもアメリカに行ってアカデミーに行くと、最初本当に英語が分からなかったので、相手が何を言っているかも分からないし、自分が言いたいこともうまく伝わらない。学校も行きながらだったので本当にしんどかったです。朝アカデミーで練習して、学校へ行って、練習して、また勉強してっていう日々を過ごしてました。ただ本当にいろんな国から選手が来ていて、世界ランキングのすごい高い選手がたくさん来てたので、私はジュニア時代は比較的順調にランキングも上げていったタイプの選手だったと思うんですけれども、そういう中に行くと本当に下手だったんです、テニスが。こんなにテニスが上手い人がたくさんいるんだっていうことにまずびっくりして。じゃあ果たして自分はそもそもプロになれるのかなとか、プロで活躍することができるのかなと思いながらまずアメリカで生活をして。

でも試合も並行して出ていく中で、17歳の時に「ウィンブルドン」ジュニアでベスト4に入って、ようやく初めて、ちょっと世界で戦えるかもしれないっていう思いが出てきて。それでプロに18歳の誕生日になったんですけれども、当時は本当に伊達さんとか、よねさんとか愛ちゃん(元世界8位の杉山愛)とか、たくさんの日本人選手が当たり前のようにグランドスラムの本戦に出て活躍している姿を見ると、本当によねさんがおっしゃられたように自分でもできるかもしれないって思える。

実際、伊達さんのシュテフィ・グラフ(ドイツ)との試合(1996年「ウィンブルドン」準決勝)も見させていただいて、すごいなあって心の底から思いました。でもただプロになるとやっぱりジュニア時代と違って、自分が本当にいかに努力してなかったかっていうのを思い知らされるぐらい、なかなか勝てなくて。私もトップ100に入るまでにまず2、3年かかるんです。本当にいつまでたっても200位とか250位に行ったり来たりしている中で、あの当時は佐賀の25,000ドルの大会があって、それで優勝しなければ私は引退するって自分で初めて決めたんです。ちょっと言葉が悪いかもしれないですけど、このレベルの試合で優勝できないんだったら、私にはプロでやって行く資格がないと思って、初めてちょっとそこで自分にプレッシャーもかけつつ臨んだ大会で優勝して。

もしあの大会がなければ、多分また全然違ったテニス人生になってたと思います。それから割と5万ドルの大会でも優勝して、ランキングがググって上がって行ったので、本当に大きなきっかけになって。トップ50に入った瞬間の大会は、サンディエゴの「アキュラクラシック」で、サーニャ・ミルザ(インド)に勝った時、この試合で勝ったらトップ50っていうのも鮮明に見えていて、今まではランキングとかもあんまりもういいかなと思ってたんですけど、いよいよこれは多分コーチもちょっとこれ勝ったらトップ50って、多分言ったほうがいいと思ったんでしょうね、だから言われて。

伊達:あえてプレッシャーを。

森上:そうするとやっぱり急におかしいんですけど、ちょっとこれに勝ったらトップ50に入れるかもって思って。勝ってトップ50に入ってちょっと泣いたのも、よくわからないですけど、なんかようやくまずトップ50に入れたなあっていうので。結果ベスト4で愛ちゃんに準決勝で当たって負けたんですけど。でも本当にそれぐらい私もプロになってから少しずつのステップバイステップっていう感じでいったので、苦労しましたね。

伊達:トップ50まで何年?

森上:本当に大会は覚えてるんですけど、年を覚えてなくて。どれぐらいだったんですかね?でもプロに入ってから結構、経ってると思います。

伊達:森上のこの経歴について、よねちゃんはどう見てた?

神尾:森上ちゃんを初めて見たのは全日本選手権の予選に出られていたのを見たんです、遠くから。それもすごい噂が立っていたので。あの子が森上!っていう。その当時のウェアもちょっと覚えている。白地に黄色が入ってたようなウエアを着て遠くの方でやってて、すっごい打つな、打ちまくるなあっていう試合を見たんですけど、それが初めて彼女を見たのですが、ツアーでももう重なってはいないですね。

解説のお仕事をさせていただくようになってから森上さんを見てるので、自分の現役の頃っていうのはちょっと重ならないんですけど、でも解説させていただいた時も、英語をしっかりとお話されることができるので、ほかの方よりちょっと違うものを持っているっていうのを、私は英語はダメなので、ちょっと違う所にいる選手っていうふうに見えました。やっぱり必要なことだし、こうして世界のどこに行っても、トラブルに巻き込まれようが何しようが、試合中トラブルが起こっても戦えるし、私は逆に戦えないので一切文句言わないです。

伊達:わからないのにとりあえず文句は言ってたけどね(笑)。三者三様だね、ここだけでも。

神尾:もういい子にいい子に。

伊達:あら、悪い子に悪い子に(笑)。でもあの当時は本当に岡田志保ちゃんとか、若い時からアメリカに留学した子もいたけど、森上みたいなタイプは本当に少なかったよね。

森上:今でこそアメリカに行くっていうことが割と普通になってますけど、当時は全然なかったので特に父は大反対だったんです。アメリカに行くなんてもう信じられないって感じでしたし、そもそも父は割と女の子は苦労しなくていいっていう考え方の人で、学校も小学校から普通にやってれば大学まで行けるエスカレーター式の学校に通っていて、なぜそれを捨ててまでアメリカに行ってかつそんな苦労をしなきゃいけないんだ、みたいなのがすごく強かったので、すごい反対してたんです。でも母がそれだけやりたいことがあるんだったらやってみればいいんじゃないって背中を押してくれて。それで行きましたけど、当時本当に日本人は私しかいなかったので、日本語をしゃべるっていうことも基本は母との、今でこそLINEだFaceTimeだってありますけど、当時はファックスかコレクトコールか、そういうのしかなかったので、本当に英語漬けの日々で。途中から夢を英語で見るようになったりして、割とそこから英語が話せるようになりました。でも当時はもう本当に頭がパニックでしたね。

伊達:では次のテーマに行きます。テニスの世界最先端の情報や知識をジュニアが取り入れていくために、お二人がどう考えるか聞いていきたいんですけれども。じゃあよねちゃん、世界との壁っていうのを現役の時に感じたこと。今はまた立場が違った中で感じることもあると思うんだけど、まずは自分が感じてきたのはどういうこと?

神尾:まず世界との壁って、ジュニアの時に海外に出て行ってなかったので、プロになって1万ドルの大会に出ていた時に、文化の違いにびっくりしたことが一番衝撃的でした。日本人として当たり前と思って育てられてきたものが、海外に行ったら当たり前ではなくて。例えばバスを待つ順番であったり、日本人はきちっと並びますけど、並んでいる様子を見てちょっと席を外れたとしてもあの人が1番だなーっていうのは(わかっていて)、こっちがちゃんと後ろに並ぶ。でも海外に行ったら、絶対ないじゃないですか?もうそこを離れた瞬間、ぶわーって(順番を取られる)。それを体感した時に無理と思いました。まずそれが一番です。

やっぱり子供の頃から海外に出て行って、少しそういうのを学んでおかないと、大人になった時びっくりするっていうのはあるんだなあっていうふうに思います。今ジュニア達と接していても、資金があるならば、なるべく早いうちに外に出て色んな世界を見るっていうのは必要なことだと思ってます。今は携帯などで情報をなんでも取ることができるけど、昔は何もない中で自分で探っていく、その分やっぱり頭を使いますよね。どうしなきゃいけないのか、まず現地に行ったら試合に出たいわけで、何かを忘れてしまうと試合に出られなくなってしまう。でも今の子ってそれはあるのかなって。コーチと一緒に行って、親と一緒に行って、パパパって予約ができて、子供は何もしないで予約ができるっていう状態だと、ジュニア選手たちの頭はちょっと育たないというか。いろんなことの機転が利かなかったりとか、自分でどうやってやりくりしていこうっていうことがなかなか難しいのは、今のジュニア達は逆にかわいそうなんじゃないかなと思ってしまう。情報がありすぎて情報を掴みやすくて、それはすごい良い風に使えばいいけれども、なかなかうまくこれだけのものがあるのに、使えてないことが多いのかなって感じているところです。

伊達:森上はどう?

森上:私は逆に15歳からアメリカに行ってしまったので、割とそういう意味の壁はあんまりなく、すんなりと行けました。よねさんがおっしゃられたように小さい時からいろいろ海外に行けるチャンスがあるので、あれば行っておいた方が変な壁とかがなく回れるんじゃないかなっていう気がするんです。だから本当にあんまり、それこそ伊達さんが昔炊飯器を持ちながら遠征まわってらっしゃったっていうのは聞いてたので、私もそういうことしなきゃいけないのかな、そういうことすると勝てるのかなとか、やっぱり白米なのかなとか色々思いましたけれども。でも私は割と食事も何でも大丈夫だったし、あんまり繊細からは程遠い人だったので、時差もあんまり気にならないし、いつでもどこでも寝られますっていう感じだったので。そういうのは早い段階で知っておけるとちょっと楽な気はするんですけどね。

伊達:反対に日本人で海外にテニス留学して、その海外の文化にも馴染めちゃったわけじゃない。そうすると今度それが当たり前になった時に、日本人と接した時に戸惑うことは?私たちが海外であの人たちと向き合うことに抵抗があったのに対して、逆に日本人ははっきり言わないな、とか。

森上:凄いありました。白か黒かしかないと思って、今でこそ本当にそれこそ40過ぎて、ようやくちょっとやんわり言うとか、そういうことを覚えましたけど、でも当時はやるかやらないかとか、回りくどく…

伊達:で結局どっちなのよっていう。

森上:どういうことが言いたいのかって、白か黒しかなかったので。でも母には、日本はね、グレーがあるのよ、って言われてたんですけど。それこそコーチと一緒にツアーを回っていくとかも、外国人ってそういう意味での割り切りってすごいじゃないですか。ビジネスライクなところがあって、別に人としてどうとかっていう話じゃなくて、合わなければお互いの為に次に行こうっていうのが割とはっきりしているので。多分、日本人の良さもあると思うんですけど、ちょっと申し訳ないなあとか、そういう良さとかは当時はわかんなかったんですよ。なんでそんなに自分にいまいち合ってないと思うのに、それをやり続けるんだろうって思ってたので、今振り返ると相当やばいなと思います、自分が。かなり本当に色々な方にご迷惑をおかけして回ってたなあと思います。

でも多分、伊達さんと私は違うと思うんですけど、トレーナーにトレーニングやってもらう時とか、必ずまず意味を知りたかったんですよ。何の目的でやるのとか、何のために役立つのか、なんなら同じメニューを同じようにやってくれないと嫌だったんです。例えば走るトレーニングとか、じゃあ言うんだったらやってよまず、みたいな。一緒にやってくれればいいけど、っていうのはすごいあります。言われただけだと全然納得しないみたいな、なんかすごいちょっと面倒くさかったと思います、選手としては。

伊達:反対によねちゃん、本玉ちゃん(現在世界185位、22歳の本玉真唯選手)を見ていてどうなの?

神尾:私は本玉選手とやってますけど、自分が彼女のコーチ、コーチングしてるっていう印象はないんですよ。自分が戦ってきたことでわかっていることを伝えたら、今の子たちって絶対確実に自分よりもいいものを持ってるし、一つ一ついいものを持ってるし、それを持ってない自分が世界に行けたなら、絶対行けるでしょと思って、それを伝えてると思ってるだけなんですよ。でもすごい難しいなあと思うのは、自分がやりたくなっちゃう。逆に自分の方ができるんじゃないかと思ってきちゃうんですよ。現役に復帰したいとかじゃないんです。自分のほうがもっとやってた、もっとできてたって思ってしまう。なぜって、どうして根性がないのかっていうところの壁にぶち当っちゃう。一生懸命やってるんですよ、一生懸命やってるんだけど。何か自分たちが乗り越えた、この乗り越えるっていうのが、どうやって自分も乗り越えたのか、単純に必死に必死にもう無我夢中でやってただけなんだよなと思うんですけど、その無我夢中っていうのがなかなか伝わりにくいです。

伊達:よねちゃん自身の中にその答えは見つかってないの?

神尾:見つかってない。だから自分にやらせろと思っちゃう。試合を見ていても、ここは私なら絶対取るって思っちゃう。ここなら私はこれをやるよって思うんだけど、違ったなって。なんだろうこれって思う。単純に言ったら、今、賞金は6倍か、もっとですよ。それをグランドスラム本戦を目指さない理由もわからないし、あと1、2ポイントっていうところを掴みとろうっていうその気持ちの強さが、そこで出てこないのももう理解に苦しむ。だってすごいですよ、(グランドスラムに)出るだけで。だから100位以内に入ったらすごいんですよ。4大会あるんですよ、全部本戦(出場)だったら、一年間で稼げるお金が自分の頃と比べたらもう雲泥の差ですからね。出るだけでその金額が目の前にある。
                          【後編に続く】

※伊達公子、神尾米、森上亜希子 対談の様子

(写真提供:WOWOW)

WOWOWテニスワールド編集部

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