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「自分を乗り越えた」。大荒れのチチパス戦から一転、大人の試合態度を見せたキリオス

※写真はウィンブルドン男子シングルス4回戦でナカシマと対戦したキリオス(Photo by Stringer/Anadolu Agency via Getty Images)

ニック・キリオス(オーストラリア)が素晴らしい集中力で20歳のブランドン・ナカシマ(アメリカ)を下し、準々決勝に進出した。試合序盤には、しきりに右肩を気にする素振りを見せた。その後、トレーナーの治療を受け、痛み止めを飲みながらの奮闘だった。

ナカシマは「彼のレベルはアップダウンがあったが、最高のプレーをしているときは相対するのが難しい」と話した。確かに第4セット終盤は流すようなプレーになったが、レベルを落としたのはその時間帯だけ。肩の故障を抱えていたにもかかわらず、終始、高い集中を保って戦った。

敗れたナカシマがキリオスを称えた。
「今日の彼は、大事なポイントで本当にいいプレーをしていた。僕はここから多くを学ぶだろう」

一方のキリオスは試合後、興味深い話を披露した。
「今日は、純然たるバトルに身を置きながら、遠くの方から自分のことを笑ったり微笑んでいるような状態だった。競争心を楽しんでいる感じだった」

この話の前段として「いろいろなことを乗り越えた。より冷静でいられるようになった気がする」という言葉があった。かなりの回り道の末に集中力を獲得し、この試合では、夢中でプレーしている自分を冷静に眺める、もう一つの視点があったというのだ。それほど集中してプレーしていたという意味だ。キリオスはさらにこう続けた。
「ウィンブルドンのセンターコートで、満員の観客の前でプレーしているというのに、僕は『自分はここまで来たんだ』と自分自身に言葉を掛けることができた。こんなことはキャリアで初めてだった。自分で自分に微笑んでいた。いい精神状態でプレーできていると感じていた。少しはバトルを楽しめるようになったよ。今は相手がいいプレーをしてくれることを期待しているんだ。以前の自分は、コートでは負け犬のような子供だった。でも僕は、それを乗り越えることができた」

つい2日前、ステファノス・チチパス(ギリシャ)と小競り合いのような試合をした選手とは思えない、達観した口ぶりだ。

この3回戦は面白い試合だったが、観客席にボールを打ち込むチチパスの狼藉や、キリオスの主審への長い抗議と暴言、試合終了時の短い握手、さらには試合後のチチパスの「キリオスはいじめっ子」発言など、試合以外に注目されることが多すぎた。

※写真は「ウィンブルドン」での対戦後、握手するチチパスとキリオス(Photo by Simon Stacpoole/Offside/Offside via Getty Images)

女子のオンス・ジャバー(チュニジア)は「試合を全部見たわけではないけれど、正直、あのような行為を見るのは悲しい。2人とも素晴らしい選手なんです。ボールを打ち込んだり、互いに挑発したりすることのない試合が見られるといいのだけど。テニスはとても美しいスポーツ。ああいうことは、あってはいけない」

人柄の良さで知られるジャバーらしい見解だ。ジャバーに反論するつもりはないが、そういった、プレー以外の要素も含めたものが試合だ。その意味でキリオスとチチパスの3回戦は面白かった。テニスは美しいスポーツだとジャバーは言う。これにならうなら、キリオスとチチパスのバトルは無秩序の美しさを感じさせた。

BIG4のテニスは確かに美しい。充実した心技体と高度な戦術、規律正しく、スポーツマンシップに則った試合態度も素晴らしい。一方で、良いものも悪いものも、自分のすべてをさらけ出したのがキリオスとチチパスの試合だった。こういうのも悪くない。

さらに興味深いのは、これまで無軌道ぶりを見せてきたキリオスが、ナカシマとの一戦では修行僧のような態度で試合を進めたことだ。バトルを楽しみ、試合後には心から相手を称えた。10年近くをツアーで過ごし、かつては「負け犬」だった男が、自分を乗り越えたのだ。こんな劇的な瞬間が見られるから、こんな驚きがあるから、スポーツ観戦はやめられない。

(秋山英宏)

※アイキャッチ写真:ウィンブルドン男子シングルス4回戦でナカシマと対戦したキリオス(Photo by Stringer/Anadolu Agency via Getty Images)
 記事中写真:「ウィンブルドン」での対戦後、握手するチチパスとキリオス(Photo by Simon Stacpoole/Offside/Offside via Getty Images)

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秋山英宏

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1961年生まれ。大学卒業後、フリーランスライターとしてスポーツ、レジャー分野を中心に雑誌、新聞で執筆活動を行なう。1987年からテニスの取材を開始し、グランドスラムをはじめ、国内外の主要トーナメントを取材。テニス専門誌に多くの観戦レポート、インタビュー記事などを執筆している。現在、日本テニス協会広報委員会副委員長を務め、同協会の出版物やメールマガジンなどにも寄稿している。

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