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ウィンブルドンで優勝できなかった6人の偉大な選手たちとは?

写真は2004年「ウィンブルドン」でのロディック(左)とフェデラー(右)

グラスコートシーズンが到来し、今年3大会目のグランドスラム「ウィンブルドン」(イギリス・ロンドン/6月27日~7月10日/グラスコート)が開幕した。昨年はノバク・ジョコビッチ(セルビア)が、決勝でマッテオ・ベレッティーニ(イタリア)を退け男子シングルスのタイトルを獲得。女子シングルスではアシュリー・バーティ(オーストラリア)がカロリーナ・プリスコバ(チェコ)を破り優勝を飾った。

今年の「ウィンブルドン」は昨年とは少し様子が異なる。ロシアとベラルーシの選手たちに出場権が与えられない代わりに、ランキングポイントが付与されないことになった。それでもほとんどのトップ選手が出場する予定で、2021年6月以来となるシングルス戦に出場するセレナ・ウイリアムズ(アメリカ)もその一人だ。

これまでの長い歴史で、ロジャー・フェデラー(スイス)、ラファエル・ナダル(スペイン)、ジョコビッチ、マルチナ・ナブラチロワ(アメリカ)、そしてセレナなど、多くの名選手が栄冠を獲得してきた「ウィンブルドン」。しかし、素晴らしいキャリアを築いていても、「ウィンブルドン」優勝とは縁遠かった選手が数人いる。中には、「ウィンブルドン」で優勝できなかったために名誉ある年間グランドスラム達成を逃した選手もいる。

今回は、「ウィンブルドン」で優勝できなかった6人の偉大な選手を紹介する。スポーツウェブメディアSportskeedaが伝えている。

1. アンディ・ロディック(アメリカ)

プロテニス界にフェデラーが現れなければ、ロディックは何度もグランドスラムで優勝できていたに違いない。ロディックは「ウィンブルドン」でも素晴らしい成績を収めているが、圧倒的強さを見せるフェデラーに阻まれ、トロフィーを掲げることはなかった。

ロディックは「ウィンブルドン」で3回準優勝を果たしている。初めての決勝進出は2004年、シェン・シャルケン(オランダ)やマリオ・アンチッチ(クロアチア)らを破って進出した決勝で、前年優勝者のフェデラーと対戦。第1セットは6-4でロディックが取ったものの、続く3セットを5-7、6-7(3)、4-6で取られて敗れた。

翌2005年、ロディックは再び決勝でフェデラーと対戦し、ストレートで敗れた。3度目の決勝進出となった2009年も同じ顔合わせだったが、今度はロディックがフェデラーをぎりぎりまで追い詰めた。この時の二人の戦いは史上最高のグランドスラム決勝の一つと言われているが、最終的にはフェデラーが5-7、7-6(6)、7-6(5)、3-6、16-14で4時間16分に及んだ死闘を制した。

2. ジュスティーヌ・エナン(ベルギー)

エナンは「全仏オープン」4回を含むグランドスラム7大会で優勝するなど、輝かしい成績を残した女子選手の一人だ。しかし「ウィンブルドン」では優勝に手が届かず、キャリアグランドスラムを達成できずに現役生活を終えた。

エナンは「ウィンブルドン」で2回決勝進出を果たすも、いずれも準優勝に甘んじている。第8シードとして出場した2001年にエナンは初めて決勝に進出。準々決勝ではコンチタ・マルチネス(スペイン)に圧勝、準決勝ではジェニファー・カプリアティ(アメリカ)に逆転勝利し、自身初のグランドスラム決勝に駒を進めた。

決勝では前年優勝者のビーナス・ウイリアムズ(アメリカ)と対戦。ビーナスが第1セットを6-1で先取したが、第2セットはエナンが6-3で取り返した。ところが最終セットでギアを上げたビーナスにエナンは全く歯が立たず、ベーグルを食らって第3セットを奪われ、ビーナスの2年連続優勝となった。

2002年、2003年と準決勝敗退に終わった後、エナンは2006年に再び「ウィンブルドン」決勝進出を決める。1セットも落とさず決勝までたどり着いたエナンと優勝をかけて争ったのは当時の世界女王アメリー・モレスモー(フランス)だった。

エナンは第1セットを6-2で先取したが、モレスモーが続く2セットを連取しその年2度目のグランドスラムタイトルを手にした。翌2007年、エナンは準決勝に進出したが、マリオン・バルトリ(フランス)に逆転負け。その後の現役生活で4回戦より先に進むことはなかった。

3. マッツ・ビランデル(スウェーデン)

数々の大会で優勝し、20週間世界王者として君臨したビランデルは、「ウィンブルドン」で優勝できずに年間グランドスラムを逃した。ビランデルの「ウィンブルドン」での最高成績はベスト8だった。

初めての準々決勝進出は、第3シードとして出場した1987年大会のこと。ビランデルはその年の優勝者、パット・キャッシュ(オーストラリア)に敗れた。翌1988年は、ビランデルが最も活躍した年だった。他の3つのグランドスラム大会で優勝を飾ったビランデルだったが、「ウィンブルドン」ではミロスラフ・メチージュ(スロバキア)にストレート負けし、準々決勝敗退に終わった。1989年、3度目の準々決勝では、ジョン・マッケンロー(アメリカ)に4セットで敗れている。

4. ケン・ローズウォール(オーストラリア)

1950年代から1970年代にかけて活躍したローズウォールはグランドスラム8大会で優勝を飾ったが、「ウィンブルドン」のタイトルだけは手にすることができなかった。

ローズウォールは、4度の決勝進出を果たした。1954年、Rex Hartwig(オーストラリア)や第1シードのトニー・トラバート(アメリカ)を退け、ローズウォールは初めて「ウィンブルドン」決勝の舞台に立った。しかし、ヤロスラフ・ドロブニー(エジプト)に4セットで敗れた。第2シードとして出場した1956年にも決勝に進出。準決勝でビック・セイシャス(アメリカ)をフルセットで退け、第1シードのルー・ホード(オーストラリア)との優勝をかけた試合に臨んだが、4セットで敗れた。

プロに転向したため1957年から1968年まで「ウィンブルドン」に出場することができなかったが、この間にローズウォールはテニス選手として最も素晴らしい成績を残している。オープン化後にローズウォールは再び「ウィンブルドン」に出場し、1970年に決勝への切符を手にした。決勝は、ジョン・ニューカム(オーストラリア)とのオーストラリア人対決となった。白熱した戦いは最終セットまでもつれ込んだが、ローズウォールは準優勝に終わった。

ローズウォールが最後に決勝に進出したのは1974年、あと数ヶ月で40歳になるという時だった。ニューカムやスタン・スミス(アメリカ)を下し、決勝でジミー・コナーズ(アメリカ)と顔を合わせた。しかし、コナーズがストレート勝ちでローズウォールの優勝を阻んだ。

5. モニカ・セレス(アメリカ)

「ウィンブルドン」での優勝が叶わなかった女子選手の中で、最も実力を持っていたのはセレスではないだろうか。1990年代初期に女子テニス界で華々しい活躍を見せたセレスだが、「ウィンブルドン」では1992年の準優勝が最高成績だった。

「全豪オープン」と「全仏オープン」で優勝を飾ったセレスは、その年の「ウィンブルドン」にトップシードとして出場。準決勝まで1セットも落とさず勝ち進み、ナブラチロワを6-2、6-7(3)、6-4で退けて決勝進出を決めた。

セレスと優勝との間に立ちはだかったのはシュテフィ・グラフ(ドイツ)だった。その日のグラフは好調すぎた。グラフは6-2、6-1という圧倒的スコアで勝利を収め、セレスは涙をのんだ。

セレスは1998年、2000年、そして2002年に準々決勝に進出したものの、再び決勝の舞台に立つことはなかった。1993年にナイフ襲撃事件の被害者となったセレスは、その後復帰は果たしたが世界のトップに舞い戻ることは叶わなかった。

6. イワン・レンドル(アメリカ)

グランドスラム8大会で優勝、270週もの間世界王者として君臨したレンドルは、史上最高の選手の一人だ。しかし、彼が金色に輝く「ウィンブルドン」のトロフィーを手にすることはなかった。

レンドルは、2度決勝進出を果たしている。初の決勝進出は、第1シードとして出場した1986年のことだった。ティム ・メイヨット(アメリカ)、そしてSlobodan Zivojinovic(セルビア)とのフルセットマッチを制して決勝へと駒を進めた。決勝の相手は前年に優勝を飾ったボリス・ベッカー(ドイツ)だった。ベッカーは6-4、6-3、7-5でレンドルを破り、2年連続優勝を達成した。

レンドルは翌1987年にも決勝に進出。準々決勝でアンリ・ルコント(フランス)、準決勝でステファン・エドバーグ(スウェーデン)と強敵を退けてトロフィーへの挑戦権を得た。しかし、決勝では第11シードのキャッシュにストレート負けを喫した。

その後レンドルは1988年、1989年、1990年に準決勝進出を果たしたが、いずれも敗退している。

(WOWOWテニスワールド編集部)

※写真は2004年「ウィンブルドン」でのロディック(左)とフェデラー(右)
(Photo by Simon Bruty/Anychance/Getty Images)

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