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全仏で2度目の優勝を遂げた最年少選手トップ5!21歳シフィオンテクは?

2020年「全仏オープン」でのシフィオンテク

ガルビネ・ムグルッサ(スペイン)が「全仏オープン」初優勝を飾った2016年、クレーコートにおける女子テニスの新しい時代が到来した。以来、「全仏オープン」の女子シングルスでは毎年異なる選手が初優勝を飾ってきた。例外はイガ・シフィオンテク(ポーランド)が2度目のタイトルを獲得した今年のみだ。

21世紀に入ってから2021年までの間、3年以内に2度以上「全仏オープン」で同じ女子選手が優勝したのは3人のみだった。2003年と2005〜2007年に優勝したジュスティーヌ・エナン(ベルギー)、2013年と2015年に優勝したセレナ・ウイリアムズ(アメリカ)、そして2012年と2014年に優勝したマリア・シャラポワ(ロシア)だ。

シフィオンテクは2020年の決勝でソフィア・ケニン(アメリカ)を破り「全仏オープン」で初優勝した。今年、決勝でココ・ガウフ(アメリカ)を6-1、6-3で下し再び全仏女王となったシフィオンテクは、セレナ以来初となる、3年以内に少なくとも2度全仏を制した女子選手となった。シフィオンテクは、4回戦でジャン・チェンウェン(中国)に1セット落としたのみというほぼ完璧な試合内容で勝ち上がり、トロフィーを手にした。

オープン化以降、これまで数人の選手が「全仏オープン」で複数回優勝しているが、その中にはシフィオンテクより若くこの偉業を達成した選手がいる。今回は、「全仏オープン」で2回以上優勝した最年少選手トップ5を紹介する。スポーツウェブメディアSportskeedaが伝えている。

1位 モニカ・セレス(アメリカ) 17歳6ヶ月
セレスは1990年に16歳6ヶ月の若さで「全仏オープン」を制し、一躍有名になった。セレスはオープン化後のグランドスラム優勝者の最年少記録を更新したが、その後1997年に「全豪オープン」で優勝したマルチナ・ヒンギス(スイス)にこの記録は破られている。しかし、セレスは現在でも「全仏オープン」で優勝した最年少選手だ。1990年、第2シードとして出場したセレスは、トップシードのシュテフィ・グラフ(ドイツ)を7-6(6)、6-4で退けた。

翌1991年、セレスは再び全仏女王となり、2つ目のタイトルを手にする。前回優勝者として大会に臨んだセレスは、決勝で元全仏女王のアランチャ・サンチェス ビカリオ(スペイン)と対戦。セレスはストレートで勝利し、「全仏オープン」を2度制した最も若い選手となった。

セレスは1992年にもトロフィーを手にし、10代のうちにグランドスラム8大会で優勝を飾った。しかし、1993年に起こったナイフ襲撃事件の被害者となって身体的にも精神的にも大きな打撃を受け、再び以前のような輝きを取り戻すことはなかった。セレスはグランドスラム9大会を制してキャリアを終えている。

2位 シュテフィ・グラフ(ドイツ) 18歳11ヶ月
セレスが台頭する前、女子ツアーを圧倒していたのはグラフだった。1987年、17歳のグラフは「全仏オープン」決勝でマルチナ・ナブラチロワ(アメリカ)を3セットで下し、グランドスラム初優勝を飾った。

その後のグラフのキャリアの2年間は、歴代女子選手の中でも最高&最強のシーズンと考えるファンも多い。1988年にグラフは年間ゴールデンスラムを達成。つまり同じ年に全てのグランドスラム大会の優勝と、オリンピックでの金メダル獲得を成し遂げた。「全仏オープン」では、ナターシャ・ズベレワ(ベラルーシ)を6-0、6-0で圧倒。32分という試合時間は、グランドスラム大会の決勝としてはテニス史上最短となった。

翌1989年、「全仏オープン」の決勝でグラフはサンチェス ビカリオに敗れ準優勝に終わる。それでも、この年のグラフはたった2敗しかせず、86勝2敗という信じがたい記録を残してシーズンを終えている。

3位 クリス・エバート(アメリカ) 20歳5ヶ月
元世界女王のエバートは、1974年に「全仏オープン」と「ウィンブルドン」を制し、一気に注目されるようになった。19歳の若さで1974年の「全仏オープン」に出場したエバートは、決勝でOlga Morozova(ソビエト連邦)に6-1、6-2で勝利し、大会中1セットも落とさず優勝を手にした。エバートは100勝7敗という素晴らしい成績を収め、世界女王として1974年シーズンを終えた。

1975年には、エバートは新しく採用された電子化されたランキングシステムで初めての世界1位として登録された選手となった。トップシードとして出場した同年の「全仏オープン」ではナブラチロワを決勝で退け、3回目のグランドスラム優勝を飾った。エバートはその後、計18のグランドスラム大会でトロフィーを手にしている。

4位 イガ・シフィオンテク(ポーランド) 21歳4ヶ月
2020年、「全仏オープン」は新型コロナウイルス感染拡大を受け9月開催に変更された。それまでシフィオンテクはWTA大会で優勝したことはなかった。ノーシードで出場したシフィオンテクはかつてない勢いで勝ちを積み重ね、初のグランドスラムトロフィーを手にすることになった。

シフィオンテクは、前年準優勝のマルケタ・ボンドルソバ(チェコ)や元世界女王のシモナ・ハレプ(ルーマニア)、第4シードのケニンを退け、ツアー大会初優勝、そしてグランドスラム初優勝を飾った。大会を通じてシフィオンテクが落としたのはたったの28ゲーム。これは、1988年にグラフが残した20ゲームという記録以来の少なさだった。

今年の「全仏オープン」では、シフィオンテクは優勝最有力候補として期待されていた。シフィオンテクは大会を通じて1セットしか落とさず、決勝で対戦したガウフにもストレートで勝利を収め、2度目のグランドスラム優勝を果たした。

その過程で、シフィオンテクは21世紀最多の連続試合勝利記録に並んだ(2000年にビーナス・ウイリアムズ(アメリカ)が達成した35勝)。今後のグラスコートシーズンで新記録を樹立する可能性も十分にある。

5位 アランチャ・サンチェス ビカリオ(スペイン) 22歳5ヶ月
1989年、17歳のサンチェス ビカリオは、第7シードとして「全仏オープン」に出場し、順調に決勝進出を決める。決勝の対戦相手は前年・前々年の優勝者グラフで、そのシーズンのグラフはそれまで1回しか敗れておらず、まさに絶好調だった。

第3セットに5-3のリードでグラフがサービング・フォー・ザ・チャンピオンシップとなる。しかしサンチェス ビカリオがブレークし、そのまま3ポイントしか落とさずに試合を支配し続け、優勝をさらった。

サンチェス ビカリオはその後も「全仏オープン」での活躍が期待されたが、1990年は2回戦敗退、1991年は準優勝で、さらに2年間は準決勝で敗退。第2シードとして出場した1994年に、3度目の決勝進出を果たす。相手はグラフを倒して決勝に駒を進めたメアリー・ピアス(フランス)だった。

サンチェス ビカリオは優勝へのチャンスを逃さず、ピアスをストレートで下して初優勝から5年後、22歳で2度目の全仏女王の座を手に入れた。

(WOWOWテニスワールド編集部)

※写真は2020年「全仏オープン」でのシフィオンテク
(Photo by Clive Brunskill/Getty Images)

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