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1シーズンに3つのグランドスラムを制した7人の女子選手とは?

写真は1998年「ウィンブルドン」でのグラフ(左)とナブラチロワ(右)

テニスの四大大会と言えば、「全豪オープン」、「全仏オープン」、「ウィンブルドン」、そして「全米オープン」だ。グランドスラムやメジャー大会と呼ばれるこれらの大会では、優勝すると2000のランキングポイントが獲得できる。WTA(女子テニス協会)では、これまで55人の選手がそのうちの少なくとも1大会で優勝している。

オープン化後、テニスはより競争が激しくなり、同じシーズンに複数のグランドスラム大会で優勝することはより難しくなった。今回は女子選手の中で、1シーズンの間に4つのグランドスラムのうち3大会を制した選手7人を紹介する。スポーツウェブメディアSportskeedaが伝えている。

1. マーガレット・コート(オーストラリア) 1969年、1973年

コートは、1シーズンに3つのグランドスラムで優勝するという偉業をなんと4回も達成している。うち2回はオープン化前、2回はオープン化後だった。ボックスセット(各グランドスラムのシングルス、ダブルス、混合ダブルス全てで優勝すること)を達成した3選手の1人であるコートは、グランドスラムのシングルスで24回優勝し、1962年、1965年、1969年、1973年にグランドスラム3大会を制した。1970年には四大大会すべてで優勝し、年間グランドスラムを達成している。

1969年と1973年、コートは「ウィンブルドン」で優勝を逃した。大会を制したのは、1969年はアン・ジョーンズ(イギリス)、1973年はビリー・ジーン・キング(アメリカ)だった。コートは1969年と1973年に行われたその他のグランドスラムでは、決勝でキング、ジョーンズ、ナンシー・リッチー(アメリカ)、イボンヌ・グーラゴング(オーストラリア)、クリス・エバート(アメリカ)らを下しトロフィーを獲得した。

2. ビリー・ジーン・キング(アメリカ) 1972年

コートと並んで60年代後半に活躍したのがキングだ。キングは、1972年の「全豪オープン」への出場を辞退。キングの伝記を執筆したフランク・デフォード氏によると、欠場の理由は当時キングが「全豪オープン」を“マイナーリーグ”の大会だと感じていたためだという。1972年は、コートが妊娠・出産のためシーズンのほとんどの期間ツアーから離れており、キングはその間にグランドスラム優勝を重ねることになった。

ところが、キングはシーズン滑り出しには出場した最初の10大会のうち2大会で優勝しただけだった。転機が訪れたのはクレーシーズンに入って、キングが1セットも失わずに「全仏オープン」に優勝した時だった。それによりキャリアグランドスラムを達成したキングは、その後グーラゴングとの決勝を制し「ウィンブルドン」でもタイトルを獲得。「全米オープン」の前哨戦では全く優勝できなかったが、「全米オープン」では再び頂点に立った。

3. マルチナ・ナブラチロワ(アメリカ) 1983年、1984年

ナブラチロワはテニス史上最も成功を収めた選手の1人であり、1982年から1986年にかけて圧倒的な強さを見せた。1982年から1984年は特に素晴らしく、その間にたった6試合しか負けなかった。

1983年、ナブラチロワはキャシー・ジョーダン(アメリカ)、アンドレア・イエガー(アメリカ)、そしてエバートを決勝で破り、「全豪オープン」、「ウィンブルドン」、「全米オープン」で優勝。キャスリーン・ホーヴァス(アメリカ)に敗れた「全仏オープン」の4回戦が、その年のナブラチロワのたった1度の敗戦だった。

70試合連続勝利中に1984年の「全豪オープン」に出場したナブラチロワだったが、準決勝で第9シードのヘレナ・スコバ(チェコスロバキア)に敗れた。ナブラチロワの74試合連続勝利は、オープン化後の最多記録だ。1984年シーズンのその他のグランドスラム大会では、3大会全ての決勝で最大のライバル、エバートとの対決を制し優勝トロフィーを獲得している。

4. シュテフィ・グラフ(ドイツ) 1989年、1993年、1995年、1996年

1988年に年間ゴールデンスラム(グランドスラム+オリンピック金メダル)を達成したグラフは、1989年、1993年、1995年、そして1996年にぞれぞれ3つのグランドスラムを制している。グラフは決勝で、ナブラチロワ、アランチャ・サンチェス ビカリオ(スペイン)、ガブリエラ・サバティーニ(アルゼンチン)、モニカ・セレス(アメリカ)と顔を合わせることが多かった。

1シーズンに少なくともグランドスラム3大会で優勝を飾る、という偉業を5回も達成したことがあるのは、コートとグラフの2人のみだ。

5. モニカ・セレス(アメリカ) 1991年、1992年

女王グラフの最も大きな脅威となったのがセレスだった。セレスは20歳になる前に世界女王となり、グランドスラム8大会を制した。1991年、セレスはヤナ・ノボトナ(チェコスロバキア)、サンチェス ビカリオ、ナブラチロワを破り、「全豪オープン」、「全仏オープン」、そして「全米オープン」で優勝。すねの怪我が理由で、セレスは同年の「ウィンブルドン」を欠場した。

翌年、セレスは四大大会すべてで決勝進出を果たす。メアリー ジョー・フェルナンデス(アメリカ)、グラフ、サンチェス ビカリオを下し、「全豪オープン」、「全仏オープン」、そして「全米オープン」を制した。セレスが1992年のグランドスラムで唯一負けた試合がグラフと対戦した「ウィンブルドン」決勝だった。

6. マルチナ・ヒンギス(スイス) 1997年

ヒンギスが初めてグランドスラムのシングルスで優勝を飾ったのは1997年の「全豪オープン」で、当時彼女はまだ16歳だった。同じシーズン中にヒンギスは最年少の世界女王となり、「全仏オープン」ではイバ・マヨリ(クロアチア)に次いで準優勝を果たした。

さらに同年「ウィンブルドン」でも決勝に進出したヒンギスはノボトナを破り、オープン化後最年少の「ウィンブルドン」チャンピオンとなった。「全米オープン」では大会を通じて1セットも落とさず、決勝でビーナス・ウイリアムズ(アメリカ)を退け優勝を飾った。このシーズン、80試合に出場したヒンギスは75試合で勝利を収めた。

7. セレナ・ウイリアムズ(アメリカ) 2002年、2015年

セレナはこれまでの輝かしいキャリアの中で2度、1シーズン中にグランドスラム3大会で優勝を飾っている。2002年、足首を痛めていたセレナは「全豪オープン」を欠場。同年の「全仏オープン」から翌2003年の「全豪オープン」まで全てのグランドスラムの決勝はセレナとビーナスの姉妹対決となり、その全てでセレナが勝利した。

その13年後の2015年、当時グランドスラムのトロフィーを18個獲得していたセレナは、再び圧倒的な強さを見せる。世界女王としてシーズンをスタートさせたセレナは、マリア・シャラポワ(ロシア)、ルーシー・サファロバ(チェコ)、そしてガルビネ・ムグルッサ(スペイン)をそれぞれ「全豪オープン」、「全仏オープン」、そして「ウィンブルドン」の決勝で下し、優勝を飾った。年間グランドスラムが懸かった「全米オープン」では準々決勝で姉ビーナスを破り、準決勝に進出。しかし、ここでロベルタ・ビンチ(イタリア)が思わぬ奮闘を見せ、セレナは敗退してしまう。決勝に進んだビンチはフラビア・ペンネッタ(イタリア)とのイタリア人対決に敗れ、準優勝に終わった。

(WOWOWテニスワールド編集部)

※写真は1998年「ウィンブルドン」でのグラフ(左)とナブラチロワ(右)
(Bob Martin/ALLSPORT)

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