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全仏オープンを制した最もランキングの低い選手トップ5!

1997年「全仏オープン」で優勝したクエルテン

「全仏オープン」は、4つあるグランドスラムの中で最も難しい大会と言われる。トップ選手でさえそう感じる理由は、テニスで最も困難なサーフェスであるクレーコートだ。

1968年にオープン化されて以降に行われた54大会で、これまで27人の男子選手が全仏王者となった。そのうち36大会では、複数回優勝した9人の選手がトロフィーを手にしている。最多優勝回数記録を持つのは13回優勝のラファエル・ナダル(スペイン)、そして6回優勝のビヨン・ボルグ(スウェーデン)が続いている。

今までに世界ランキング11位以下で「全仏オープン」で優勝した男子選手はたった6人。そして当時世界5位だったナダルが初優勝した2005年以降では、1人も出ていない。それでは、今回は「全仏オープン」を制した最もランキングの低い選手トップ5を紹介しよう。スポーツウェブメディアSportskeedaが伝えている。

5位 マッツ・ビランデル(スウェーデン) 1982年 18位

ビランデルは、歴代全仏王者の中でも特に若い選手だった。1982年、17歳で大会デビューを飾ったその年に、ビランデルは優勝を飾った。

当時世界18位だったビランデルは、元全仏ファイナリスト2人、そして元全仏王者1人を倒してタイトルを手にした。ビランデルは開始直後から好調ぶりを見せ、3回戦までで1セットしか落とさなかった。

4回戦で前年準優勝のイワン・レンドル(アメリカ)と対戦したビランデルは、セットカウント2-1でレンドルにリードされたところから逆転勝ちした。その後の3試合では1セットずつ落としたが危なげなく勝利。準々決勝では1980年準優勝のビタス・ゲルレイティス(アメリカ)、決勝では1977年優勝、1978年準優勝のギジェルモ・ビラス(アルゼンチン)を下した。

翌年、ビランデルは同大会で決勝進出を果たすもヤニック・ノア(フランス)に敗れ、タイトル防衛はならなかった。しかし、1985年と1988年の決勝では勝利を収め、計3度の優勝を飾っている。

4位 マイケル・チャン(アメリカ) 1989年 19位

現在は錦織圭(日本/フリー)のコーチを務めるチャンは、1989年の「全仏オープン」決勝でステファン・エドバーグ(スウェーデン)を破り、オープン化以降にグランドスラムで優勝した最年少の選手となった。当時チャンは17歳だった。

世界19位で参戦したチャンは、グランドスラム優勝経験のある選手2人を破り、キャリア最大のタイトルを掴んだ。また、チャンは当時世界ランキング92位だったピート・サンプラス(アメリカ)を2回戦で退けている。

この時すでに同大会で3度優勝していたレンドルと4回戦で対戦することになったチャンには、ほとんどチャンスは無いと思われていた。長引く試合に疲れたチャンは、アンダーサーブを打ってレンドルの意表を突いた。

その後2試合を勝ち抜き、決勝ではエドバーグにセットカウント2-1とリードされるが巻き返し、テニス史にその名を刻んだ。

3位 アルベルト・コスタ(スペイン) 2002年 22位

1994年に初出場してから8年後に、コスタはこの大会でトップに登りつめた。当時世界22位だったコスタは、4回戦で前年・前々年と連続優勝していたグスタボ・クエルテン(ブラジル)を倒した。さらに、ギジェルモ・カニャス(アルゼンチン)にはセットカウント1-2からの逆転勝利。そして準決勝ではアレックス・コレチャ(スペイン)を退け、決勝進出を果たした。

決勝はフアン カルロス・フェレロ(スペイン)とのスペイン人対決となった。コスタは、最初の2セットを早々と連取、フェレロに1ゲームしか与えない素晴らしい勢いを見せた。次のセットは6-4でフェレロが取り返したものの、コスタが第4セットを6-3で奪って全仏王者となった。

2位 ガストン・ガウディオ(アルゼンチン) 2004年 44位

2004年、誰もガウディオが優勝するとは予想出来なかった。ガウディオはそれまで「全仏オープン」の本戦に5回出場していたが、2週目まで勝ち残れたのは1回のみだった。しかし、この年は魔法のような2週間がガウディオを待っていた。

最初の2試合は、いずれもフルセットの末に勝ち進んだ。3回戦ではトーマス・エンクイスト(スウェーデン)を4セットで退け、2度目の「全仏オープン」2週目進出を果たした。

2週目のガウディオは1週目とは打って変わって隙のないテニスを見せた。ダビド・ナルバンディアン(アルゼンチン)との準決勝を含め3試合連続でストレート勝ちし、決勝へと駒を進めた。

決勝はギジェルモ・コリア(アルゼンチン)との大会初のアルゼンチン人対決となった。コリアはこの年のクレーシーズンで最も良い成績を収めており、多くがコリアの優勝を予想していた。その予想通り、最初の2セットは6-0、6-3と圧倒的なスコアでコリアが連取。第3セット、ゲームカウント4-4で迎えたガウディオのサービスゲームでコリアが40-0まで追い詰めた時は、誰もがもう試合は終わるものだと思っていた。

しかしそこからガウディオが持ち直し、試合は最終セットへともつれ込んだ。コリアは度重なるチャンスを物にできず、ガウディオが何とか決勝を制した。この試合で、ガウディオはグランドスラム決勝の第1セットでベーグルを食らいながら優勝した初めての選手となった。

その後ガウディオが再び全仏決勝の舞台に戻ってくることはなく、2度4回戦進出をしたのみで現役生活を終えた。

1位 グスタボ・クエルテン(ブラジル) 1997年 66位

これまでの全仏王者の中で、最もランキングが低かったのがクエルテンだ。大会デビューを飾った1996年には初戦敗退で終わったが、翌1997年は素晴らしい活躍を見せた。当時世界66位だったクエルテンは、最初の2試合を1セットしか落とさずに勝ち進んだ。

その後、クエルテンはトーマス・ムスター(オーストリア)、アンドレイ・メドベージェフ(ウクライナ)、そしてエフゲニー・カフェルニコフ(ロシア)とのフルセットマッチを勝ち抜いていく。フィリップ・デブルフ(ベルギー)との準決勝を4セットで制し、決勝でセルジ・ブルゲラ(スペイン)をストレートで下したクエルテンは、自身初のグランドスラム優勝を遂げた。

大会優勝により51もランキングが上昇し、クエルテンはトップ15入りを果たした。

翌年クエルテンは2回戦でマラト・サフィン(ロシア)に敗れ、タイトル防衛に失敗。しかし2000年、2001年と連続優勝を果たし、「全仏オープン」の歴史に名を刻むことになった。

(WOWOWテニスワールド編集部)

※写真は1997年「全仏オープン」で優勝したクエルテン
(Photo by Jean-Yves Ruszniewski/TempSport/Corbis/VCG via Getty Images)

WOWOWテニスワールド編集部

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