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元世界3位のディミトロフが映画で自分の役を演じて欲しい俳優とは?

写真は2021年「ATP1000インディアンウエルズ」でのディミトロフ

2008年にプロテニス選手となったグリゴール・ディミトロフ(ブルガリア)は、2017年にキャリア最高位となる世界ランキング3位に到達した。ディミトロフはこれまでに8つのタイトルを獲得している。最近行われたインタビューの中で、ディミトロフは幼少期にテニスを始めた経緯や選手としてのこれまでの道のりを振り返っている。

ディミトロフはインタビューの中で、「初めての〇〇」をテーマにした一連の質問に答えている。この流れの中で「初めての憧れの人」を聞かれたディミトロフは、こう答えた。

「ジョニー・デップだね、おそらく。 “某俳優”と言おうとしていたんだけど。映画で僕の役を彼に演じてほしいよ」

ツアーでの選手生活の初期には、プレースタイルがロジャー・フェデラー(スイス)と似ていたことから、ディミトロフは「ベイビー・ロジャー」と呼ばれていた。多くの選手にとってこれは誉め言葉に聞こえるであろうが、ディミトロフにとっては必ずしもそうではなかったようだ。現在30歳のディミトロフは、このニックネームについて次のように明かしている。

「初めはすごく感謝していた。でも時が経つにつれて、 “おいおい、まだそれか”って感じになった。確かに僕らには似ているところもあったけど、僕らは全く違っていて、プレーも全然違う。そうやって言う人たちを不快に思うようになった時期もある。だって、僕にとってはその事実はもうどうだってよくなっていたからね」

フェデラーとの比較に関して、ディミトロフはこう続けている。「僕は年月をかけて、自分がフェデラーとは全然違う選手だということを証明してきたと思う。もちろん、達成したことの話をするまでもなく、そもそもの選手としてという話だ。だから、このニックネームが廃れたのはとても嬉しかったよ」

ディミトロフは、プレースタイルがフェデラーと似ていた理由についても説明した。

「父が最初に教えてくれたショットの一つがスライスだったんだ。ロジャーはその頃からプレーしていたけれど、あまり有名ではなかった。でも、父は僕の特定のショットについてとても積極的に口を出した。だから、父が最初に教えてくれたショットの一つがスライスだったことを今でも覚えている」

スライスショットが上手いという点の他に、フェデラーとディミトロフの間に見られる類似点として、サービスモーションが挙げられる。多くの選手はサーブ中に両足を閉じるが、この二人はサービスモーション中ずっと両足を開いている。ディミトロフはこのようにサーズを打つようになった経緯をこう説明している。

「16歳か17歳の時に、サーブを変える必要に迫られた。僕は痩せていて、コート上で両足を揃えておくことができなかった。サーブのたびに、一方の足をもう一方の足の隣に置いていた。基本的に、サーブを打つために一歩足踏みしなければいけなかった。時と共に、僕はこれを続けてはいられないと気付いた。バランスを崩して、動きも何もかもが崩れていた。最終的に、サーブの時の立ち方を変えなければいけなかった。そして、変更した立ち方が彼の立ち方と似ていたんだ」

サーブの打ち方がフェデラーと似たのは、ディミトロフにとっては偶然の結果であったが、実際は偶然ではなかったようだ。ディミトロフはこう続けている。

「今も覚えているけれど、サーブに関して僕を助けてくれた人は、ロジャーの大ファンだった。それが理由でこのサーブが生まれたんだと思う」

ディミトロフは今年、1月の「ATP250 メルボルン」とクレーシーズン初戦となった「ATP1000 モンテカルロ」で準決勝に、2月の「ATP250 デルレイビーチ」と3月の「ATP1000 インディアンウェルズ」でベスト8に進出するなど、まずまずの成績を残している。現在世界20位だが、2018年以来となるトップ10復帰は見えてきただろうか。

(WOWOWテニスワールド編集部)

※写真は2021年「ATP1000インディアンウエルズ」でのディミトロフ
(Photo by Sean M. Haffey/Getty Images  )

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