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ビッグ3のジュニア時代の成績とは?

左からジョコビッチ、フェデラー、ナダル

ロジャー・フェデラー(スイス)、ラファエル・ナダル(スペイン)、そしてノバク・ジョコビッチ(セルビア)は、テニスラケットを手に取った最も偉大な男たちの中の3人として、立ち位置を確立してきた。3人合わせて61回のグランドスラム優勝を果たしていることを思えば、この3人全員に触れることなしに史上最高の選手について議論をしても、完全な議論になりえないことは疑いようがない。

3人が20年近くにわたって男子ツアーを支配するようになる前、彼らはジュニアレベルでも他の選手たちに苦難を強いていた。ではこの中で一番成績が良かったのは誰だろうか。一番多く勝利を挙げたのは?その当時でさえ潜在能力が明らかだったのは誰だろうか。ビッグ3がジュニアの頃にどのような選手だったのかを、スポーツウェブメディアSportskeedaが紹介している。

フェデラー:ウィンブルドンを含むジュニアで5度優勝
ビッグ3の中でジュニア時代に最も多くの試合を戦ったのはフェデラーだ。1996年から1998年までの3年間で98試合に出場し、78勝20敗と80%近い勝率を記録。クレーとハードコートで2つずつ、芝で1つの合計5タイトルを獲得した。これには1998年の「ウィンブルドン」ジュニア男子シングルスや、名誉ある「オレンジボウル国際テニス選手権」のタイトルが含まれる。「ウィンブルドン」に第5シードで出場したフェデラーは、1セットも落とさずに優勝。決勝ではイラクリ・ラバーゼ(ジョージア)を下し、自身初のグランドスラムジュニア部門のタイトルを手にした。

ジュニア時代のフェデラーは、芝コートの試合では1度しか敗れておらず、成績は9勝1敗の勝率90%。クレーでは33勝13敗で勝率72%、ハードコートでは35勝6敗、勝率85%だった。

ジョコビッチ: 2度優勝、最高位は世界24位
ジョコビッチはジュニア時代に、フェデラーほど優勝はしていない。ジュニア選手として過ごした2000年と2002年~2004年の4年間で、獲得したタイトルは2つだ。だが勝率ではフェデラーを上回っている。56勝12敗で、勝率は82%であった。

ジョコビッチは2002年の「プリンスカップ」と「インターナショナル・パンセボ」で優勝。前者はハードコート、後者はクレーコートでの大会だ。2004年の「全豪オープン」男子ジュニアの部では準決勝に進出したが、そこで第7シードのジョスラン・ウアナ(フランス)に敗れた。2003年の「全仏オープン」と「全米オープン」にも出場したが、前者は1回戦、後者は3回戦で敗退しており、あまり目立った成績を残すことはできなかった。

ジョコビッチは2004年2月に、ジュニアの世界ランキングで自身最高位となる24位に到達。クレーでは24勝5敗で勝率83%、ハードコートでは 22勝5敗で勝率81%。それ以外のサーフェスでは10勝2敗で勝率83%となっている。

ナダル:ジュニアデビスカップ優勝、ウィンブルドン準決勝
ナダルはいくぶん例外的で、ジュニアレベルでは2大会にしか出場していない。2002年の「ウィンブルドン」男子ジュニアの部、そして「ジュニアデビスカップ」だ。前者では準決勝に進出し、そこでラミーヌ・ワハブ(アルジェリア)にストレートで敗れた。後者ではスペインチームの一員として優勝を果たしており、ナダルは出場したシングルスの5試合すべてで勝利している。全部合わせると、ナダルは2002年に出場した10試合のうち9試合で勝利し、敗れたのは1試合のみで、勝率は90%であった。

その同じ年、15歳10ヶ月の時に、ナダルはATPツアーの試合に初出場を果たした。「ATP マヨルカ」の1回戦でラモン・デルガド(パラグアイ)に勝利し、16歳になる前にATPツアーで勝利を挙げたオープン化以降で9人目の選手となった。

3年後の2005年、19歳の誕生日を迎えた2日後に、ナダルは「全仏オープン」決勝でマリアノ・プエルタ(アルゼンチン)を破ってグランドスラム初優勝を成し遂げた。これにより、ナダルは1990年にピート・サンプラス(アメリカ)が「全米オープン」を制した時以来となる10代のグランドスラム覇者となったのだ。

(WOWOWテニスワールド編集部)

※写真は左からジョコビッチ、フェデラー、ナダル
(Getty Images)

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