ロジャー・フェデラー(スイス)のようにテニス民たちの羨望と敬意を呼び起こす選手はほとんどいない。記録や評判を脇に置いて、純粋なストロークや美的な観点からも、彼に並ぶ者はいないかもしれない。多くの人が、フェデラー流でインサイドアウトのフォアハンドや素晴らしいスライスのバックハンドを打ちたいと切望する。ほとんどの人にとっては夢だろうか?そうかもしれない。しかし、平凡な選手たちがそれを我が物とする方法があるかもしれない。すべきことは、ただ目を閉じることだ…文字通りに。ある本で紹介されている方法を、米テニスメディアBaselineが紹介している。
同じレベルで実現するのはおそらく不可能だが、フェデラーの技術を得るために平均的な選手にできることはある。ポール・ハモリ博士は生涯をテニス選手かつファンとして過ごしている人物で、フェデラーがプレーするのを40回以上も生で見てきた。ハイスピードカメラで何百枚もの写真を撮影し、プレー中のフェデラーをつぶさに見てきたハモリ氏は、フェデラーのコート上での優れた腕前はおそらく、強力ながらも最も過小評価されているある能力から生じているという結論に達した。その能力とは、ボールを見ることだ。
テニス選手を志す人が初期に受ける指導の一つが、ボールをよく見るということだ。ボールの軌道をしっかりと追うことで、より綺麗にラケットに命中させることができる。しかし、ボールとラケットの接触は瞬間だけの出来事だ。これは速すぎて、脳が処理する間もないうちに起こってしまう。言い換えれば、リアルタイムで接触を見るのは不可能というのが伝統的な説だ。
しかしながら、ハモリ氏の本「ボールを見ることの理論と実践(The Art and Science of Ball Watching)」では、別の仮説が提示されている。それが起こるスピードを思えば、接触を感知するだけで実際は精一杯かもしれないが、適切な方法と訓練をもってすれば、選手はそれを「見る」のに可能な限り近づくことができるのだという。このスキルを伸ばすことで、ショットの結果はより良くなり、安定する。この本の主張を確立し立証するために、ハモリ氏は自身の医学的バックグランドを活用し、光と音、脳機能マッピング、そして視覚の神経生物学といったトピックについて議論している。しかし、本質的には次の4段階の過程であり、フェデラーはその基準として参照されている。
1.打つ側に自分の頭を向ける。一般的に、これはよりスイングが長く打つまでの時間も長いグラウンドストロークの時に、より顕著で実行しやすい。
2.ラケットとそれを持つ手に照準を合わせる。ボールがあと約 30㎝のところに近づいたら、そこから目を離して打つ方の手に注意を移す。これは、線審がサーブ中の選手から目を離してサービスラインに照準を合わせ、視野をボールが横切るのを待つのによく似ている。脳はこの「見えない」瞬間を補い、実のところ、接触を感知しやすくするのだ。
3.目を細める。これは、針穴効果によって視覚の鋭さを高める。目を細めて見ることで、無関係の光や物体を減らし、視野を手とラケットに限定することができる。ハモリ氏が撮ったフェデラーの写真では、グラウンドストロークの際に8割を超える頻度で目を細めている。
4.打ったショットを目で追いたい衝動に逆らう。自分の仕事の結果を見たいと思うのは本能的なものだ。しかし、時期尚早に頭の向きを変えると体もそれに伴って動いてしまい、適切なスイングの連続を阻害してしまう。これを防ぐための一つの策として、接触の後に短く目を閉じることを提案できる。これを、ボールを打った後の一連の動きの一部と考えよう。これによって、あらゆる追加的な視覚情報を取り除くことができ、既に目に届いているものがよりはっきりと見えるようになる。本質的に言えば、接触時の写真を撮るようなものだ。フェデラーが打った後の写真では、ボールは既に映っていないが、フェデラーの頭は動かずそのままで、目は閉じられている。
これはもちろん要約版だ。ハモリ氏はそれぞれの段階についてずっと詳しく掘り下げて説明しており、訓練のコツや練習方法も紹介している。これは経験を積んだ選手に自然に身に付くものではなく、習熟するには脳を再教育するためにかなりの練習が必要かもしれない。しかし、自身の経験から、これはショットをより早く、よりスピンをかけて正確に打つための確かな方法であるだけでなく、その過程での楽しみを増してくれるものだとハモリ氏は言う。フェデラーに似ているということは何であれ、それだけで素敵なおまけだ。
(WOWOWテニスワールド編集部)
※写真は2021年「全仏オープン」でのフェデラー
(Photo by Tim Clayton/Corbis via Getty Images)