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世界初の1位からレジェンドまで…ATPランキングで世界1位になった選手たち【前編】

写真は2002年「全米オープン」でのアガシ(左)とサンプラス(右)

1973年にATP(男子プロテニス協会)のランキングシステムが導入されて以来、これまでに26人の男子選手が世界ランキング1位の座に就いてきた。その中には4年以上続けてトップの座を守った人もいれば、“一週天下”に終わった人もいる。2月28日にダニール・メドベージェフ(ロシア)が27人目の世界1位になることが確定したのに合わせて、これまでの26人全員をまとめてご紹介。さらに、そのうち注目の10人を前後編に分け、トピックとともにお伝えしよう。

まず、これまで世界1位になった26人は以下の通り。(日付は初めて世界1位になった日)

【ATP歴代世界ランキング1位】
イリー・ナスターゼ(ルーマニア)1973年8月23日
ジョン・ニューカム(オーストラリア)1974年6月3日
ジミー・コナーズ(アメリカ)1974年7月29日
ビヨン・ボルグ(スウェーデン)1977年8月23日
ジョン・マッケンロー(アメリカ)1980年3月3日
イワン・レンドル(アメリカ)1983年2月28日
マッツ・ビランデル(スウェーデン)1988年9月12日
ステファン・エドバーグ(スウェーデン)1990年8月13日
ボリス・ベッカー(ドイツ)1991年1月28日
ジム・クーリエ(アメリカ)1992年2月10日
ピート・サンプラス(アメリカ)1993年4月12日
アンドレ・アガシ(アメリカ)1995年4月10日
トーマス・ムスター(オーストリア)1996年2月12日
マルセロ・リオス(チリ)1998年3月30日
カルロス・モヤ(スペイン)1999年3月15日
エフゲニー・カフェルニコフ(ロシア)1999年5月3日
パトリック・ラフター(オーストラリア)1999年7月26日
マラト・サフィン(ロシア)2000年11月20日
グスタボ・クエルテン(ブラジル)2000年12月4日
レイトン・ヒューイット(オーストラリア)2001年11月19日
フアン カルロス・フェレロ(スペイン)2003年9月8日
アンディ・ロディック(アメリカ)2003年11月3日
ロジャー・フェデラー(スイス)2004年2月2日
ラファエル・ナダル(スペイン)2008年8月18日
ノバク・ジョコビッチ(セルビア)2011年7月4日
アンディ・マレー(イギリス)2016年11月7日

■イリー・ナスターゼ(ルーマニア)

世界1位在位期間:1973年8月23日~1974年5月1日
グランドスラム優勝:2回
ツアー優勝:64回

記念すべき初の世界1位選手はイリー・ナスターゼ(ルーマニア)。アーサー・アッシュ(アメリカ)やスタン・スミス(アメリカ)、ビヨン・ボルグ(スウェーデン)らと戦いながら1973年に16のタイトルを獲得した彼が、新しいシステム導入当時に世界の頂点に立っている。1973年8月23日にその座に就いたナスターゼは、翌1974年にジョン・ニューカム(オーストラリア)にその座を奪われるまで40週にわたって1位の座を保った。そのため、初めて年末1位を記録したのも彼となる。ツアー優勝は64回に上り、グランドスラム優勝は1972年の「全米オープン」と1973年の「全仏オープン」の2回。「ウィンブルドン」では2回準優勝を飾った。

※1976年「全米オープン」でのイリー・ナスターゼ
(Photo by Focus on Sport/Getty Images)

■ジミー・コナーズ(アメリカ)

世界1位在位期間:1974年7月29日~1977年8月9日ほか
グランドスラム優勝:8回
ツアー優勝:109回

15ものタイトルを獲得した1974年の7月29日に21歳で初めて世界1位になったジミー・コナーズ(アメリカ)は、1977年8月9日まで160週続けてその座を堅持。1977年の「ウィンブルドン」決勝で敗れたボルグに1週だけ王座を奪われたが、すぐさま取り返すと1979年4月2日まで2度目の在位を保った。もしもボルグに決勝で敗れていなければ、のちにロジャー・フェデラー(スイス)に連続在位記録で抜かれることはなかったかもしれない。1974年から5年続けて年末1位の座を保っていたことからも、当時の強さがうかがい知れる。その後も1983年まで何度も1位に返り咲いており、268週の通算在位期間は歴代5位の成績。現役引退から20年以上が経った今も、ツアー最多タイトル(109)、ツアー最多勝利(1274)の記録保持者でもある。グランドスラムでは「全仏オープン」のみ優勝することができなかった。

※1983年「全米オープン」でのジミー・コナーズ
(Photo by Focus on Sport/Getty Images)

■ピート・サンプラス(アメリカ)

世界1位在位期間:1993年4月12日~1993年8月16日ほか
グランドスラム優勝:14回
ツアー優勝:64回

1993年4月12日にジム・クーリエ(アメリカ)から世界1位の座を奪った後、彼やアンドレ・アガシ(アメリカ)にその座を明け渡したこともあったが、1999年まで3位より下に落ちることなくトップ争いを続けたピート・サンプラス(アメリカ)。世界1位の通算在位期間286週は当時の最長記録。年末1位を6年連続で達成したのは彼だけだ。「全仏オープン」で準決勝よりも先に進めなかったため生涯グランドスラムは達成できなかったが、グランドスラム14回優勝はフェデラーに抜かれるまで最多記録だった。現役最後の試合となった2002年「全米オープン」決勝でアガシを破って優勝と、最後までトップレベルを保ったことでも深い印象を残している。

※1996年「全米オープン」でのピート・サンプラス
(Photo by Focus on Sport/Getty Images)

■アンドレ・アガシ(アメリカ)

世界1位在位期間:1995年4月10日~1995年10月30日ほか
グランドスラム優勝:8回
ツアー優勝:60回

1歳下のサンプラスにグランドスラムで優勝することでも世界1位になることでも先を越されたアガシ。しかし1995年、「全豪オープン」とマイアミ大会の決勝でこの好敵手を破り、4月10日には1位の座も奪い取った。また、ビッグ3以外で唯一、生涯グランドスラムと世界1位の両方を達成。怪我や最初の結婚での問題に悩まされて1997年には一時141位まで落ち込んだが、そこから4回にわたって1位に返り咲いた。1位の通算在位期間が3桁(101週)を記録している9人のひとりでもある。20代で引退する選手がほとんどだった時代に、30代になってもトップレベルでプレーし続けた。

※1994年「全米オープン」でのアンドレ・アガシ
(Photo by Focus on Sport/Getty Images)

■マルセロ・リオス(チリ)

世界1位在位期間:1998年3月30日~1998年4月20日ほか
グランドスラム優勝:0回
ツアー優勝:18回

これまで世界1位になった26人中、唯一グランドスラム優勝経験がないのがマルセロ・リオス(チリ)。最高成績は1998年「全豪オープン」の準優勝で、初めてグランドスラム決勝に進んだが世界7位のペトル・コルダ(チェコ)にストレート負けを喫した。しかし同年にはインディアンウェルズ、マイアミ、ローマなどキャリア最多の7大会で優勝し、3月30日にサンプラスから1位の座を奪取。この時は4週間で取り返されるが、同年8月にも再び世界の頂点に立った。

※2001年「全米オープン」でのマルセロ・リオス
(Photo by Clive Brunskill/Getty Images)

続いて本記事後編では、1999年以降に選手1位に君臨した5選手をご紹介。お楽しみに。

※記事サムネイル写真は2002年「全米オープン」でのアガシ(左)とサンプラス(右)
(Photo by Al Bello/Getty Images)

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WOWOWテニスワールド編集部

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