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フェデラーの若い頃「癇癪を起しては練習コートから追い出された」

グランドスラムで20度の優勝を果たしているロジャー・フェデラー(スイス)は、数多くの若きテニス界のスターや成長株の選手たちのお手本となってきた。他の全ての選手たちと同様に、フェデラーも長年に渡り、最も困難な時期には何度か暗い瞬間を過ごしてきた。

試合中のフェデラーは、テニスとネットの向こう側にいる対戦相手に集中しており、穏やかで冷静だ。しかし、いつもこうであったわけではなく、10代の終わりまでは、フェデラーの振る舞いは褒められたものではなかった。オンラインメディアのTennis World USAが報じている。

フェデラーは、ジュニアでの初めての公式戦の時から怒りを抑えておくことができず、ラケットを投げて罵り言葉を吐き、ポイントを取られる度に何か言わずにはいられなかった。フェデラーは初期のテニス生活について、自分自身と闘うことでエネルギーを消耗し過ぎており、ATPツアーに足を踏み入れる前にそれを変えるべく最善を尽くしたとしつつ、こうした部分で成長し始めるには何年も必要だったと語った。

「若い頃の僕はピート(・サンプラス)とはほとんど正反対だった。今じゃ想像できないくらいにラケットを投げ散らかしていたよ。16歳の頃は、絶えず練習コートから追い出されていた」

「ある年から、コート上でそれまでより少しだけリラックスできるようになった。それまでほど頻繁にラケットを叩きつけなくなった。少し成長して、ラケットを投げても自分の助けにはならないって気づいたんだ。いつも僕はすごく否定的になっていたからね」

「コートではもっとずっと言葉を発していたものだよ。今はそうではないし、前向きに考えている。満員の観衆を前にセンターコートでピート・サンプラス(アメリカ)と対戦している時には、叫んだりラケットを投げたりしたくはならない。それはけっこう普通のことだと思う」

「僕は3歳からテニスを始めたけれど、同じ時期にサッカーの訓練もしていた。10歳か12歳くらいの時に、その2つのうち1つのスポーツだけに絞ろうと決めたんだ。テニスの方が結果が出ていて、14歳で全国テニスセンターに行った。それはスイスのフランス語圏にあって、僕はドイツ語圏の出身だった」

「最初の6ヶ月はすごく辛かった。楽しくなかったから家に帰りたかった。日曜日に家を離れる前には泣いていたよ。それからオレンジ・ボウル(ジュニアの国際大会)の14歳以下の部に出場して、帰ってきて、気分がましになり始めて、試合で勝つようになった」

「16歳の時、センターがスイスの両方の言語を話す地域に移ったんだ。それと、自分の最高のテニスをするための邪魔になっていたから、学校をやめることにした。学校をやめたらすぐに(テニスの)成績が上がって、ジュニアの大会で優勝して、(ジュニア世界ランキング)1位になった。それに、ジュニアからプロに移るのは、それほど辛いものではなかったよ」

※為替レートは2022年1月13日時点

(WOWOWテニスワールド編集部)

※写真は2019年メキシコでのフェデラー
(Photo by Angel Castillo/Jam Media/Getty Images)

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